第54話 人類の叡智

アテナはやることが有るらしく、俺とエイプリル(とストラス)だけで現場に入る。

パソコン?(キーボードとマウスはワイヤレス、ディスプレイは浮いている)に向かって虚ろな目で作業する者、地面に寝転がって気絶する者、怒鳴る者・・・

デスマーチというやつか。


「君達が人間界から来たという助っ人だな。至高の方々の気遣いで有れば断れない。楽にしてくつろいでいて貰えればいい」


意訳。

人間なんぞに助けを求めるという無様な事は出来ないし、そもそも何もできまい、だから邪魔するな、神々が絡んでなければ叩き出したい、と言った所か。


まあ、実際それは正しい評価だ。

ゲームの入り口部分・・・スマホアプリの改善や、ウェブサイトの構築・・・そういった部分はどうにかなるかも知れないが、実際のダンジョンを構築したり、世界を書き換えたり・・・その事象を理解する事は出来ないし、それを実行する魔法の構築なんて出来ない。

せいぜい、ゲームの観点からみて、バランスや面白さがどうか・・・そういった概要部分━━仕様の整理や提案くらいだ。


もっとも、山の様に積み上がっている未着手トレーの紙の山。

これを見る限り、新しい物を追加するのは悪魔だろう。


〈ほーほー〉


ストラスがそっと紙の束を追加しようとしたので取り上げ、羽伸ばしの刑に処す。

しかも、地味に、なるほどと思わせる良い提案なのがやらしい。


「確かに、私達もご協力出来れば、と思って来ましたが、邪魔になりそうですね。お力になれず申し訳有りません」


俺はそう言うと、エイプリルとソファーに座る。

プログラム・・・俺は少しは経験が有るが、人間の技術より天界の技術の方が遥かに優れているだろう。

それは疑いない。

存在の格として遥かに上だし、人間の技術、ひょっとしたら未来の技術すら見て、自分達が取り入れることも出来るのだから。


さっきの奴が凄く悩んでいる。

もう10分程打開策がないようだ。

デバッグ━━プログラムに問題が生じて、それを解決しようとしているのだろうか。

そういう時は原点に帰るのが早かったりする。


「すみません。差し出がましいようですが・・・一度前のバージョンに戻して、少しずつ動かしてはどうでしょうか?」


プログラムが動く時の状態に一度戻す。

その後、1つずつ変更を加える。

デバッグの基礎だ。


「前のバージョン?」


え、何でそこで不思議な顔をする?


「はい、前のバージョン、動く時に戻して、その後少しずつ変更し、動かなくなった時に何か問題がある事をした・・・と、特定出来ますよね?」


どよっ


周囲でどよめきがあがる。


「そんな手が!」

「確かに!」

「考慮に値する理論だ!」

「これが人間の最新の叡智か・・・確かに恐ろしい」


いや、今のは決して異世界チート知識とかそういうもんじゃないから。

基礎だから。


「ふん・・・確かに、見るべき所は有る理論だ・・・だが」


天使だか神だか分からないが、青年はきっとこちらを睨むと、キメ顔で言った。


「既に変更を保存してしまったプログラムを、戻せる訳が無いだろう。もはや元のプログラムは分かる訳がない。大神の手を煩わせて、過去遡及でもするつもりか?」


・・・え?

いやいやいや。


「・・・プログラムは保存の度に自動でバックアップを取り、また、一定のタイミングで管理場所に履歴を残して・・・無いのでしょうか?」


「何故そんな事をするのかね?」


「今の様にバグが出た場合に戻したり、変更箇所を比較して問題特定したり、ですね。間違って消してしまったら惨事ですし。確定履歴を残すのは、バージョンを決めて完成品のテストをしないと、どんどん新しいプログラムに変わってテストの意味が無いからです」


どよっ


周囲で感嘆のどよめきがあがる。


「く・・・確かにそれはそうだ。認めよう。人間の最新技術も、捨てた物では無いな」


青年ががっくりと膝をつく。

・・・別に最新技術とかじゃないからね?


結局、人間のプログラム開発技術を、システム構築に活かす事になった。

やった事は、プログラム開発の基礎技術の思想的部分を説明、他のプログラム開発者がそれを元に仕組みを改善する、という流れだ。

みんな頭は素晴らしい良さで、少し説明したら分かってくれた。

オブジェクト、メソッド、継承、カプセル化、パラメータ・・・それにバージョン管理や比較ツール。

1日で大分変わり、現場も楽になったようだ。

今までは、元のプログラムに戻すだけで数日・・・間違って一部を消してしまった時は、復旧に数週間かかったらしい。


エイプリルは、山積みになった未着手トレーの整理。

無駄な修正を探し、除去していた。


例えば、背景を赤くしろ、と、青くしろ、という指示が有り・・・

下から順に対応していくので、最終的には背景は青くなる。

つまり、背景を赤くしろ、という指示書は無駄となる。


・・・タイトルのフォント(文字の形)や色の変更だけで200枚くらいあった。

毎日、朝夕に増える恒例の変更らしい。


今日だけで未着手トレーの高さは半分になり、涙を流して感動する者もいた。

エイプリルが女神様と呼ばれてたけど、神(か天使?)はあんたらだ。


今日は久々に帰宅する者が多いようだ。

俺とエイプリルも、アテナに用意された部屋へと移動する。

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