第2話
『ゆうしゃとまおう』
六インチのディスプレイに、時代錯誤なチープでギザギザのフォントが並ぶ。
事情が飲み込めないまま画面を見つめていると、デモ映像が流れはじめた。
ここは けん と まほう の せかい レトローダ
いま この レトローダ を きょうふ から すくうため
ゆうしゃ と まおう の さいご の たたかい が はじまる
安っぽい音楽をバックに簡素なテロップが下から上にのぼっていく。
このゲームなら知っている。とても有名な作品だ。
そのあまりのつまらなさが話題となり無駄にダウンロードされつづけた結果、無料ゲームのランキングで何ヶ月もトップに君臨している問題作。
僕も興味本位で一度だけ試してみたけど、つまらないというのもつまらないほどつまらなかった。
数回プレイしてすぐに削除したあのゲームと、こうしてまた再開する日が訪れるとは。
ところで、こんなものを出してきて何がしたいのだろうか。そんな感情を込めて彼女を見ると、僕の気持ちを察してくれたようで、涼しい顔でこう言った。
「一緒に、しよ」
「これをですか?」
「そうだよ」
暇つぶしのゲームというから、てっきりオセロかトランプでもするのかなと予想した。
まさか今世間で最もつまらないと評判のゲームをすすめられるとは予測できなかった。
よりによって、なぜこれなのだろう。
生徒会長はあまりゲームに詳しくなくて、無料だしランキングだけ見れば一位の作品なので、勢いでダウンロードしてしまったのだろうか。
事実、そうやってこのゲームは日々、被害者を増やしていると聞く。
ここはもっとまともなものをすすめるのが自分の役目だと感じた。
僕は足下でふてくされていた自分のカバンの中から自分のスマートフォンを取りだした。
「あ、私と同じやつだ」彼女は嬉しそうにつぶやく。
僕は彼女にも見えるように机の上にスマートフォンを置いて、ソフトの紹介をはじめた。
「ゲームならもっと面白いやつが色々ありますよ。これなんか対戦もできますし」
「どうして?」彼女は小首をかしげた。「これ、いや?」
クリクリした視線の先には『ゆうしゃとまおう』の姿が。どうやらどうしてもこのゲームで遊びたいらしい。
「でもこれ、一人用ですよ?」
「でもこれ二人でもできるよ」
そうだったかな。記憶をたぐり寄せてみるも、思い出せない。
ふいに、彼女の表情に影がさす。
「でも、きみがこのゲーム嫌いなら他のやつでもいいよ?」
「いえ、別に嫌いってわけじゃ──」
まるで自分の存在が否定されたような目をする彼女を見て、僕は言葉を濁した。
「本当に? 無理してくれてない?」
「無理なんてしてませんよ」
考えてみれば、僕は善し悪しを判断できるほどこのゲームを遊んではいない。
つまらないことで有名という先入観のせいで、自分に暗示をかけてまともにプレイしなかったのは確かだ。
それにこれがどんなものであれ、先生がやってくるまでここで二人仲良く黙秘権を行使しているだけの現状より悲惨なことにはならないだろう。
「それじゃあ、早速はじめましょ」
瞳に明るさを取り戻した彼女は、人さし指の先で画面にポンとふれた。僕は今までこの操作を『タッチ』だと思っていたけど、正確には『タップ』というらしい。
デモ映像からタイトル画面に切り替わり、『はじめる』と『おわる』の文字が現われた。
彼女は慣れた手つきで『はじめる』をタップした。
どこか間の抜けた効果音が鳴り画面が暗転すると、じわじわとゲーム画面が現れた。
画面の上半分は荒いドットで描かれた二頭身の勇者と魔王が並んでいる。下半分はテキストが表示されるウインドウになっていた。ちょうど昔のロールプレイングゲームの戦闘画面のようなスタイルだ。
何の前置きもなく、テキストウインドウにメッセージが表示される。
『まおう の こうげき まおう は ゆうしゃ に ふいうち』
メッセージが終わると、テキストウインドウの右上に小さなウインドウが出現した。そこには『ヒット』と『ミス』の選択肢がある。
このゲームには二つの大きな特徴がある。その一つが『結果の選択』だ。
一般的なゲームは『たたかう』や『まほう』といった『行動』を選択して展開を進めていく。
しかし『ゆうしゃとまおう』では行動は全てランダムに決められ、その結果が成功したのか失敗したのかだけを選ぶ仕様となっている。
さて問題はここからだ。彼女はこのゲームを二人で遊ぼうといった。どう考えても二人で遊ぶ類いのものではないが、どうするつもりだろう。
話し合いかジャンケンでもして、勝った方の意見で選んでいくのか。それについて訊ねようとしたとき、異変に気づいた。
彼女がいない。
ついさっきまで目の前にいたはずの彼女の姿がこつぜんと消えていた。どうなっているんだと焦ると、誰かに肩をたたかれた。
反射的に振り返る。だが振り返りきれなかった。僕の肩を叩く手の人さし指が伸びていたせいで、途中で動きをとめられてしまったからだ。
細い指先が僕の頬に少し食い込んでいる。
ふいうちを、くらってしまった。
あまりに古典的ないたずらに引っかかってしまったことに、恥ずかしさと理不尽さが込み上げてくる。
「何をするんですか、生徒会長」
僕は極めて冷静に感情を抑え、丁寧に訊ねた。
彼女はいたずらに成功した子供の顔をしている。
それから嬉しそうにスマートフォンに近づいて『ヒット』をタップした。
攻撃的な効果音が鳴り、勇者のグラフィックが数回点滅した。ダメージを受けたという演出なのだろう。
「……ああ、なるほど」思わず声が出た。
「わかってもらえたかな?」と彼女は言う。
「はい、とても」
僕は彼女が行動することによって提示した、このゲームのここだけのルールを理解した。
『まおう の こうげき まおう は ゆうしゃ に ふいうち』
表示されたテキストの内容を現実的に可能な範囲で再現する。
お互いが勇者と魔王を演じる、ごっこ遊び。
ロールプレイングゲームのロールプレイングとは役割を演じるというのが本来の意味なので、案外、妥当な行為なのかもしれない。
高校二年生の男女が夏休みの生徒会室で行うこととして妥当かどうかは別として。
「でも、どうして生徒会長が魔王役なんですか? 僕が魔王で会長が勇者のほうがしっくりくると思うんですけど」
その飛び抜けた優秀さで、二年生の一学期から生徒会長を任されている彼女こそ、正しさの象徴である勇者にふさわしい。
ところが彼女は心から不思議そうなまなざしを僕に向けてきた。
「どうして? 勇者はきみ以外にありえないでしょ?」
「どうして?」オウム返しになる。
「だって、きみはこの国のヒーローだから」
「いやいや、いくらなんでもそれはほめすぎでしょ」
どうもあの一件以来、僕は世間から過剰な扱いを受けている。
「きみはどれだけほめられても、ほめられ足りないくらいのことをしたんだから、もっと自信を持つべきだよ」
魔王を演じるには、あまりにもまっすぐな言葉と瞳。
僕は体の中心に経験したことのない熱を感じた。
「えっと、とりあえずゲームのつづきを──」
逃げるように画面に目を落とす。そして硬直する。
メッセージウインドウにはこうあった。
『ゆうしゃ の こうげき ゆうしゃ は まおう の むね を さした』
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