第9話 『トランプ』
「ねーね聞きました?剣崎くん、死んじゃったらしいっすよ」
「へー、アイツが。…いや誰だっけ剣崎って」
よく晴れた空から降る陽光がガラス張りの壁面を通して室内を明るく照らす。
空調のよく効いた広い室内で、ふかふかのソファーに腰を下ろした少女が素っ気無く応じる。視線は変わらず太ももの上に置かれたタブレットから流れる動画に固定されたまま。
そんな彼女よりも幾分か背も外見も幼さを見せるショートカットの少女は、ソファーの背もたれに寄りかかり背後から話し相手の肩を小突く。
「つれなーい。ほらほら最近空席だった〝クローバーの5〟に入ってたひとっすよー」
「ごめん、やっぱ聞いてもわからないわ。そもそもその辺りの席って入れ替わり激しいじゃない?いい加減ちゃんと固定してもらいたいんだけど」
煩わし気に首を緩く振るってから、少女は思い出したようにタブレットから顔を上げて何かを探す。
「
「えー、
蜜柑と呼ばれた少女が背もたれから離れ、気安く友人に話しかけるようにどこともなく声を掛ける。
「ちょっと温度上げてねー」
ただその一言で室内の気温が一瞬で変わったのを肌で感じ、蜜柑はにぱっと人好きのする笑顔を向けた。
「ねっ?」
「…そういえばそんな仕組みだったっけ。どうも未だに慣れないわね、
ふうと嘆息し、莉乃がおもむろに立ち上がるのを不思議そうに眺める。
「あれ、どっか行くんすか?せっかく温度調整したのに」
「冷蔵庫にコーヒー取りに行くだけよ。アンタもなんかいる?」
「んじゃオレンジジュースで!」
元気よく挙手する蜜柑にくすりと口元に笑みを作り、莉乃はオープンスペースから奥に続くキッチンへ向かう。
壁一面のガラス張り。
吹き抜けの大広間。
調整容易な空調設備。
動画を流すタブレット。
とてもこの世界、ファウードでは実現不可能なものばかりだ。極めつけにここは、秘匿に秘匿を重ねたとある場所に建つ高層ビルの内部。当然ながらこれほど縦に伸びる人工物はこの世界のどこにも存在しないし、そもそもビルという概念すら無いだろう。
それこそが、ここに住まう彼ら彼女らを異世界人と断定するに余りある要素。
異世界人は総じて油断と慢心に驕る傾向が強い。
世界中で頂点に立てるだけの力を一介の人間が与えられたとあらばそれも仕方ないことかもしれないし、だからこそこの世界の人間でも付け入る隙を見つけられる。
それこそが『異人狩り』であり、彼らの脅威を正しく認めた者達こそが古くにこの組織を立ち上げた。
異世界人同士の互助組織。この世界に大きな波紋を生むことを良しとせず、慎ましく暮らすことを望んだ者達で立ち上げられた非戦主義五十二人の集団。
当初は、初代は、そのはずだった。
「それで、まさかとは思うけど。誰か動いてんじゃないでしょうね?」
「そのまさかでーっす。仇討ちだーって、〝クローバー〟の下位番さんがイキってました!」
先程よりもだいぶ大きな嘆息を漏らして、莉乃は人差し指の先を自身の眉間に当てる。それは異世界人同士で繋いでいる念話の回線を開く為の所作だと蜜柑にもすぐ分かった。
「誰か向かわせるくらいならわたしが行くっすよ?」
「情報収集役のあたしやアンタじゃ荷が勝つでしょうに。せっかく四つも専門分野が分かれてるんだから有用しない手はないし、餅は餅屋に任せましょう」
電話のような手軽さで脳内に浮かべた人物の声が呼び出しに応じる。
「あ、
親しげに念話の相手と言葉を交わして、話が纏まったのか、最後に莉乃は見えない同僚にこくりと頷いた。
「相手は間違いなく『異人狩り』よ、気を付けて。これ以上連中と拗れるのは避けたいの」
同意を得たのか、満足した様子で念話を切った莉乃を横目にオレンジジュースの入ったコップを呷る蜜柑は楽しげだった。
「大変っすねー、『絵柄付き』の
「一番上が働かないのが痛いわ。あの愚王こういう時に限ってどこで油売ってんのよ…」
片手で顔を覆う莉乃を気遣うように背を押してソファーへ誘導する蜜柑も、口元の笑みに反して瞳の鋭さは莉乃にも劣らないものを秘めていた。
「まぁったく。一番最初の理念もどこへやら。この組織も一枚岩ではないにせよ、色々とバラけ過ぎじゃないっすかねぇ」
「だから散々舐めてるこの世界の住人にすら狩られるのよ、
和平を目指す者、徹底抗戦を望む者、異世界人以外の殲滅を志す者。
様々な思惑を抱えるこの組織は今や統率された理念も信条もありはしない。
発足された最初の目的すら見失い、異世界人だけで構成された組織『トランプ』は相も変わらず協調性の無さを外部に露呈させる始末であった。
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