第8話 淡青錫色の仔竜
「よ、お疲れさん」
「……ああ」
リーゲルの労いに短く返し、シュテルは報告を口にする。
「依頼は達成した」
「だろうな、そこは別に心配しちゃいねーよ。お前さんなら尚更な」
流星雨に見舞われ大変な目には遭ったが、それも異世界人との戦闘に比べれば可愛いものだ。
クランへの帰路道中で受けた傷の手当てに関してもある程度は済ませていた。頭部に巻かれた包帯は、シュテルの付近に落下した陰鉄の衝撃で爆ぜた大地の欠片が側頭部に当たった時に出来た裂傷を覆うものだ。
「んでついでに異世界人も一人討ってきたってんだから流石だわな。ギルドからの報酬に加えてそれも上乗せしとくよ」
「ああ」
先程から端的に応答するシュテルに対しリーゲルの反応もどこか上の空のようだった。そんな話よりも気になってしょうがないことがあるとでも言いたげな雰囲気を漂わせている。
シュテルにも分かっていた。いつも相手の目を見て話すリーゲルの視線がずっと自分の顔より上を向いていることからもそれは明らか。
決して包帯を巻かれた痛々しい様子を慮っているわけではない。
「…なぁ黒いのよ」
「…なんだ」
そうしてついに、自分から事情を口にしようとはしないシュテルへと疑問が投げ掛けられる。
「その、頭の上の。…なんだ?」
「…………」
最早無言は貫けないと判っていながら、それでも未だ明確な答えを返せない。
シュテルの頭頂部を覆うフードの上を寝床にして、絶妙なバランスで丸まり眠る
先の蒼銀火竜討伐依頼と全くの無関係であるとは、とてもではないがリーゲルには思えなかった。
─────
「亜種火竜の仔ねぇ……」
禿頭を掻くリーゲルの顔は渋い。
クラン《ヤドリギ》の活動拠点たる施設の内部は常に誰かしらがいる。それはリーゲルのような情報提供・依頼収集に動く者やシュテルのように稼ぎと異人殲滅の為に情報を必要とする者まで様々である。
多くはないが決して少なくもないその者達の視線は現在シュテルという男の正体を覆い隠す黒外套の背に集まっていた。
正確には頭上でくぅくぅと寝息を立てる仔竜へと。
尋常ならざる状況だということは誰の目にも明らかだった。亜種火竜の依頼内容を知っていた者からは敵意すら滲み出ている。
界域変動の残骸。来たる災厄の欠片。
彼らが距離を置きながらに注意を払い続ける理由はそこに尽きる。
「問題は無い」
だがそんな懸念と危機感を一切抱かず災厄を頭に乗せるシュテルは表情を変えずに一言そう言い放った。
「断言出来るのか」
個人的な興味、というよりかは周囲で聞き耳を立てている者達へ納得させる事情を聞かせてもらいたい一心で、リーゲルは《ヤドリギ》の同胞達の疑問を代弁する。
シュテルはなるだけ頭の動きを制限したまま僅かばかり首肯して、
「この竜は『世界の定量』から外れた存在ではない。ただ珍しい色をした風変わりな火竜の仔、それだけの生物だ」
いやだからその確証は?という、沈黙の中に満ちる周囲の苛立ちを察しつつ、唯一いち早く理解に至ったリーゲルがあえて声高に演技がかった口振りで返す。
「ああ!そういやお前さんはファウード由来でないモンを見分ける感覚器があるんだったかぁ!」
「……?そうだが」
何を今更と怪訝そうにするが、《ヤドリギ》の総員がそれを知っているわけではない。むしろ異人を殺す為の技術ないし術式は流出を恐れ基本的には公に明かすことはしないのが常識だ。
だがこのまま組織内で不和の種を蒔いた状態には出来ない。リーゲルの即断によって開示されたシュテルの能力に、四周で剣呑な気配を漂わせていた面々から敵意が引いていく。
「…はぁー…」
「どうした」
「いやぁ、ははっ。少し手の掛かるくらいが可愛げがあるってモンよな」
よく分かっていない様子のシュテルをそのままに、もう一度安堵の息を吐いてリーゲルは淡青の仔竜をまじまじと眺める。
「して、なんで連れてきたんだ?殺して剥製にでもすりゃ確かに高値で売れそうではあるが…」
「別に金に興味は無い」
だろうなと笑って続きを促す。
「雌雄の蒼銀火竜を殺した直後に偶然巣を見つけた。目の前で急に孵化を始めて、それでこの有様だ」
「あー、それなんつったっけか。最初に見たやつに付いてくアレだろ?プリンがどうとか」
「
「それな」
指を打ち鳴らして誤魔化すリーゲルをジト目で見据えてから、シュテルは若干そうと分かる程度に眉尻を下げる。
「困っている。孵化の前に殺そうとしたが、見て気付いてしまった。『定量』に触れないのなら殺す理由がない」
界域変動は『世界の定量』を超える者の出現、つまり異世界人の存在によって引き起こされる災厄の種だ。放置は世界の滅びを早める行為に他ならない。
界域変動によって変異した生物の仔というのは初めて見たが、どうやら仔にまでは世界崩壊の引き金たる力は影響されないらしい。
そして何よりも世界外からの干渉を嫌うシュテル・フォーゲルハインがそうと言うのなら、本当にこの仔竜には世界をどうこうする性質は与えられていないのだろう。
だからといって親と誤認した竜の仔を頭に乗せたまま帰還してくるのはどうかとも思うが、それはリーゲルも口には出さないでおく。
この中年は知っていた。シュテルが
しかしそうとなれば話は早い。
「んじゃお前さんが育てりゃいい。親だと思ってんだろ?」
「…、それしかないか」
嫌々ながらにも、シュテルも半分諦めていたようだ。元より他人に押し付ける気もなかったと見える。
「お前さんがこの世界に優しいのはよーく知ってるが、そりゃつまり非情になり切れないってこった。俺が同じ立場だったら、火山の時点で両親と同じとこに送ってやってたろうよ」
殺さなかった責任はそれを選んだシュテル自身にある。
言外に込めた意味を正しく理解し、シュテルはフードを目深に被り直す。その拍子に頭の上からずり落ちた淡青の仔竜を片手でひょいと掴んだ。
『───……?』
寝起きで頭が働かないのか、薄く開いた
「…名を、決めねばな」
諦観と共に、まずはと一つ最優先で考える必要のあることをポツリと呟いた。
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