第7話 異人の殺し方
とはいえど、いくら凄腕の『狩り屋』とてやれることに限りはある。
界域変動によって通常の魔物より遥かに強化された竜種。そしてこの世界で最上位の力を有する異世界人。さらに続々とその異世界人が空けた転移の門から仲間と思しき
言うまでも無く最優先は今しがた現れた異世界人の男。臓腑が爛れる錯覚を覚えるほどに身を焦がす憎悪が理性を焼き、この瞬間にも腰に提げたダガーを投げつけたくなる衝動を必死に抑える。
優先度は揺るがないが順序はある。シュテルの実力ではこの場の全員を真っ向から相手取った上での勝利など万に一つも在り得ない。
異世界人が侍らす仲間は総じて強い。それはこの世界の基準に当てはまらない異世界人を除いても上位の実力。冒険者ギルドが定めるランクにおいてもBからSの中に位置する程度には。
異世界人の奇妙奇天烈な指導やスキルによって能力の底上げ・覚醒を施されていることはこれまでの経験と知識によって掌握済みだった。この六人パーティーであれば蒼銀の火竜も問題無く討伐出来るだろう。
火竜との戦闘で消耗を狙うのも無意味。仲間の五人の内、二人は杖を装備していた。魔術を扱う者であれば回復の術にも覚えがあるはず。
ならばどうするか。如何なる状況においても異世界人を相手に長期戦は愚策中の愚策。
最善手は即殺。これは短期決着の意味も強いが、何より異世界人に思考の余地を与えない為という面が大きい。
奴等はその気になれば倒そうと考えた一秒で敵を倒し、治そうと考えた一瞬で他者を治せる。
だから必要なのは『死』を感じるより早く意識を刈り取り殺すこと。
そうでなければ、思考を常に散らし続けること。
「誰も動くな。聞かねば女を殺す」
転移の門より現れた最後の一人、エルフの少女の腕を引き、何事か対応されるより早く引いた腕を片手で極める。
苦痛に喘ぐ少女の首筋に腰から引き抜いたダガーナイフを突きつけ、端的に異世界人へ殺意の文言を叩きつける。
驚愕と共に振り返る残りの者達。よもや一介の冒険者に過ぎないと思っていた男にこれほどの憎悪を向けられるなどと予想だにしていなかったのだろう。
数瞬遅れてそれぞれの五者五様が返される。中でもとりわけ悪手だったのは杖持ちの一人。怒りの形相で杖の切っ先を押さえるエルフの少女ごとシュテルへ照準した。
激情に駆られ振るう魔術に精密さなど期待できるはずもなく、いち早くその動きを制しに掛かったもう一人の杖持ちに射線を遮られる。
異世界人の男は急な事態に戸惑いを見せていたが、二人の杖持ちが動いたところでようやくシュテルへの敵意を指向するに至った。
判断、対応、対処その全てが遅い。
蒼銀の火竜が、シュテルに相対すその背を狙うに充分過ぎる時間がそこにはあった。
放つ渾身の咆哮。その獰猛な口腔から吐き出される蒼炎が、火竜の最も近くにいた異世界人へ迫り、着弾。
余波は周囲で陣形を整える最中にあった他の仲間を吹き飛ばし、その猛威はシュテルとエルフにも及ぶ。
「ッ!」
身動きを封じていたエルフをそのまま突き飛ばし、奔る火炎の範囲の外へ。
シュテル自身はあえなく蒼き炎に飲み込まれる形となったが、そこは事前に《防火》の
チリチリとした痛みを感じる左半身を気にも留めず、先の咆哮で真っ赤に焼け上がった大地を駆ける。
黒衣の内よりもう一つダガーを抜き、研ぎ澄ます意識の中で両手の短剣を放り投げる。
起動する
一つは巨大な火竜の体内。おおよそ心臓と思われる部位内へ向けて。
そしてもう一つは火球の直撃により背面から炭化し始めていた異世界人の右手へ。
「あ゛ァあ!?」
うつ伏せに這う男は右手で何か───おそらくは術の行使か、あるいはアイテムボックスなる業にて回復の道具でも取り出そうとしていたのか。地面に串刺しにされる形で縫い止められた右手ではそのいずれも叶いはしないが。
心臓へ転移させた短剣は狙い通り体内で生命維持の器官を潰したのか、外傷のない火竜は燃える血液を吐き出しながらのたうち回る。
離れていればじきに死ぬ。シュテルはそれでも用心深く火竜の動向に気を払いつつも、迅速に新たなダガーを手に涸れそうな叫び声を上げる異世界人への追撃に走る。
「なん…だよ、お前!?なんで!」
「ああ。悪いとは、思うよ」
倒れ伏し尚も抗おうと右手に突き立つ短剣を引き抜いたまではよかったが、隙を晒し過ぎた。
確定の死を与えるシュテルの間合い。
短い剣身を目一杯に用い全力で振るう一閃は、男の頭を胴体から切り離すに足る威力だった。
─────
正直なところ賭けがあった。
敵に自分のことが『異人狩り』の者だと気付かれないか。実の所はこれの有無によっては先程の行動は大きく変化していた可能性がある。
『異人狩り』は異世界人を殺す為にはあらゆる手を尽くす。外道外法も、卑劣非道も区分無く行う輩は少なくない。
だが彼らはあくまでも世界を侵す外敵を討ち滅ぼす者達である。その大義名分の捉え方は各々違えども、この世界の住民を手に掛けることは基本的に御法度と決めていた。
これはほとんどの『異人狩り』に当て嵌る。というより、これを遵守しない者はコミュニティ内でも粛清対象として認識され同胞からも命を狙われることになる。
だからあの脅しは全くの無意味。純粋なファウード人であるエルフの少女をシュテルは殺せるはずがなかった。
勝算こそ見出してはいたが僅かながら肝を冷やしてもいたシュテルは、今尚その状況から抜け出せていなかった。
(よくやるものだ。異世界人の為に、よくぞそこまで)
半分以上焼け焦げた黒衣で懸命に素性を隠し透化の魔法で逃げ続けていたシュテルがゆっくりと嘆息する。
火竜の攻撃を誘導したことで五人の内二人は気絶により無力化できた。だが残りが厄介だ。
よほど名のある賢者なのか、杖持ちの女性が見境無しに降らせ続ける陰鉄の流星が火山の至る所を破壊していく。
遠目にも憤怒の表情は窺える。殺されたパーティーのリーダーはよほど慕われていたらしい。
それが異世界人の特性によって芽生えさせられた感情とも知らずに。
ともあれ交戦は最大限避ける。彼女らは異世界人を殺しすぐさま離脱したシュテルの姿を見失っている。慎重に動けば無血で事は収められるはずだ。
(全く…なんやかんやで目標を仕留めてからがいつも苦労するな)
心中で独りごちて、そろそろと噴石の岩陰から逃走を企てるシュテルの爪先が何かに接触する。
岩石ほど硬さはなく、むしろ草葉に似た柔らかさ。火山地帯ではまず感じることの無い踏み心地に疑問を覚え視線を落とす。
それは木屑や木片で形作られた小さな揺り籠だった。
その中央に鎮座するもの。蒼い羽毛と藁に包まれて傍目にも大事に大切に暖められていたことが分かる、白地に青い斑模様の卵が一つ。
件の界域変動にて発生した火竜の亜種は番いで存在していた。そのことから懸念と予感は抱き続けていた。
だとするなら、これは。
「……、!」
素早くダガーを抜いたシュテルは、直後に僅か目を瞠る。その感覚が捉えたものの正体に戸惑う。
シュテルの戸惑いを狙い済ましたかのように、賢者の女が放った大魔術の一部が彼の直近に流れ弾ならぬ流れ星として落下していた。
そして。
陰鉄の流星が落着するまでの間際、よりにもよってこのタイミングで。
ピシリ、と。
青斑の表面に一筋の罅が走った。
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