第6話 最優先事項


 『異人狩り』の者達は多くが異世界人に対する戦略や戦術に特化させたスタイルないし装備を定着させている。それ故に異世界人以外に対する戦闘能力が全体的に低いという難点が生じていた。

 特化型であるが為。いやその方面に尖り過ぎていなければ『異人狩り』は到底成せる所業ではないのだから仕方ない話ではある。

 そんな特徴を備える彼らの中に置いて、シュテル・フォーゲルハインはやはり群を抜いた実力の持ち主である。

 界域変動によって変異した魔物は通常のそれより遥かに強靭であり、普通であれば上級戦闘職者数人のパーティーでようやく対処し切れるかどうかというレベル。

 それをたった一人で任せるに足ると見たリーゲルもまた、彼の力を信頼している者であり、事実としてシュテルはこの案件クエストを難なくこなしてみせたのだった。




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 異世界人がファウードに現れることによって『世界の定量』が上限を超える。溢れ出した世界の理は異常という形で巨大な波紋を生み広げる。これが界域変動と呼ばれる現象。

 魔物の変異もその一つ。そして変異の方向性は常に一定ではない。同じ種類の魔物が違う変異を起こすことは常だ。

 此度の亜種火竜討伐依頼。本来猛き火炎を身に纏い咆哮と共に爆炎を吐き出す火竜の全容は煌々とした朱色に染め上げられた威容である。

 活火山の中腹。赤熱した大地に巨躯を横たえる飛竜をシュテルは眺めていた。

 発見・交戦から経過時刻は四半刻程度。シュテルは戦闘していた時間よりも長くを、物珍しさからくる観察に費やしていた。

 その身を包むは蒼い鱗。硬度はミスリルに相当するほどでありながら、一枚一枚が薄紙のようでいてとても軽い。

 絶命し閉じられているが、その瞳はまるで宝玉のような輝きを放つ銀色。

 蒼銀の火竜、とでも呼称すればいいのか。ともあれシュテルはその脅威よりも美術品のように完成された体躯に意識が向いた。

(たいしたものだ。売れば大層な値が付くことだろう)

 ただでさえ討伐が困難な火竜、その亜種個体。装備としての素材価値はもちろん、希少さから群がってくるコレクターも大枚を叩くことに躊躇いを見せることはないはずだ。

(良いものを見た。異人共の尻拭いと気乗りはしなかったが、リーゲルの義理立て以上のものは得たか)

 ひとしきり全体を眺めて満足したシュテルは、懐から取り出した小瓶の中身を火竜の死骸に振り掛け、指先から発動した小さな火球を撒いた液体へ飛ばす。

 直後には特製の油によって着火された火竜の巨体が一気に燃え上がった。

 シュテルは『異人狩り』の一人だ。異世界人を相手に業物だの重厚な鎧だのはほとんど意味を成さない。そして常日頃から多くの依頼や任務を完遂しているシュテルに金銭的な貧しさは無い。

 つまり希少な火竜を持ち帰る利点が皆無だった。運ぶ労力を考えれば無益ですらある。

 討伐した火竜の鱗を数枚ほど持ち帰れば依頼達成の証拠としては十分。

 竜の火葬を見届けて、シュテルは黒い外套を被り直す。この火山地帯ではほとんど自殺行為のようなものではあるが、顔が割れることを好まないシュテルにとっては暑さよりも素性の隠蔽をこそ優先する。

 そんな、目深に被った外套のフードが熱風に煽られる。明らかに自然なものではない。二度目の熱風は大きな地揺れと共に再来した。

 フードにより狭められた視界の外から迫る脅威に、視覚に頼るより先に跳躍して危機を回避する。地面が爆ぜ、爆風に滞空時間が引き伸ばされる。

 難なく着地したシュテルに向けられる殺意。相手が人語の通じない生物とて、殺戮の意思は明確に感じ取れた。

 現れる二匹目の蒼銀。同じ亜種が同時期に現出することは界域変動で引き起こされた異常事態を以てしてもさらに稀だ。

 さらに驚くべきは、先程倒した火竜との接点。

(まさか番いか…?)

 火葬を施した火竜は観察の際に雄だというのは確認していた。この二匹目が雌かどうかを生殖器の差異でしか判別できないシュテルには一見では分からない。

 だがこの個人シュテルに向けられる尋常ならざりし殺気。殺された番いに対してのものだとすれば合点がいく。

 ともあれやるべきことは変わらない。亜種火竜の堅固な鱗甲も、転移魔法で直接体内にナイフを割り込ませれば容易く殺傷させられる。座標指定で固定転移させる方法しかない為、対象の動きを転移先の座標に縫い止めておく手間が必要だが、それさえ満たせば問題無く殺せる。

「おー。これか、巷で噂の火竜の亜種ってのは」

 すぐ真隣から聞こえる少年の声。

 接近に気付けなかったことを何故とは思わない。逡巡も驚愕も無く、シュテルはただただ事実を認識する。

 移動してここまで来たわけではない。では何か。

 転移だ。それもファウードの人間が扱う術法としてのそれではなく、この世界に本来存在しなかったはずの全く別種の転移。

 

「そこのにーさん、もしかして討伐依頼受けてた人?でも依頼ってやっちゃったもん勝ちでしょ?なら悪いね」

 気安く外套の上から肩に手を置く小僧へ、激しい憎悪と嫌悪を抱く。

「ま、そこらの冒険者だったら一人で討伐なんて無理だし。俺が来てよかったかもね。おかげであんた、死なずに済むよ」

 へらへらと無知を晒す愚物を視界にすら入れない。眼球は怒り狂う火竜の動向を見逃さず注視し続ける。

「下がってなよ。中級か上級かわかんないけど、あれってその程度じゃ太刀打ちできるヤツじゃないからねー」

 無遠慮に、肩に置いた手でシュテルを後方の押し退けながら前に踏み出た少年の姿が視界に映る。亜種火竜を討つ気だろう。


 本来ならば逃げる。異世界人との予定外の遭遇は通常撤退するのが定石。力量も本質も調べがついていない異世界人の底知れなさを誰よりも知っている『異人狩りかれら』なら、まず普通はそうする。

 だがこの状況ならば話は別。

 この男がシュテルをただの冒険者だと勘違いしていること。

 亜種火竜という強大な討伐対象に意識を取られていること。

 シュテルが『異人狩り』の一人であるという可能性を一切懸念に入れていないこと。

 何もかもが好都合。


 竜は吼え、少年は笑い、そして青年は黒外套の内で瞳を細めダガーを抜く。

 優先事項は全て変わった。

 倒すより先に。逃げるより速く。

 この害悪を殺す。

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