第5話 尻拭い
「次だ」
「ちっとは休めば?」
平然と現れた黒外套に、リーゲルは自らの禿頭を掻きながら小言混じりの忠告を返す。
「なあ黒いのよ、お前さんわりかしボロっとやられたそうじゃねえか。んな短いスパンでやってたらすぐおっ死ぬぞ?」
「問題ない。殺せる状態だから来た。だから情報をくれ」
シュテルの言葉に嘘は無い。
きっちり三日の療養をもって、傷は動いて問題無い程度には治癒した。無理を押して挑んでも勝てないのが異人という存在なのは誰よりも理解している。
シュテルが動くと決めた時、それは自身がこれまでと遜色なく万全に相手を殺せる状態であることを自負した時だ。
「強情だねぇ…。はいんじゃコレ」
リーゲルもこうなることを見越していたのか、いつものように紙束を繰ることはせずに一枚をぽいとテーブルに放った。
直立したまま卓上の紙面に書かれた情報を読み―――掛けて、やめた。
「……どういうことだ?」
それは読む価値のないもの。より正しくはもうシュテルが目を通したものだった。それも、他ならぬリーゲルによって与えられた情報。
「討伐に苦労してるんだそうだ。アンタならさほど手間は掛からんだろ?」
西に位置するなんとかいう火山で活発に動き始めた火竜の亜種個体。その討伐依頼書だった。
原因は生態異常による変異だとリーゲルが語っていたもの。
およそ異人狩りが手を出す領分にはないものだ。特に、この手の案件は。
「これは俺ではなく異人が成すべき仕事だ」
そしてシュテルの返答も前と同じく拒否の意。だがその言葉に頷きつつもリーゲルは退かなかった。
「一応、俺も小遣い稼ぎで冒険者側のギルドの情報と依頼のやり取りもしてるモンでな。たまには良くしてやってる俺の面子も立ててくれよ」
確かにそう言われてしまっては断り切れない。単独行動を善しとするシュテルには必然的に味方と呼べる者が極端に少ない。そんな中ではリーゲルという世話焼きの存在は非常にありがたかった。
だが、やはりこの仕事を受けるのには渋りが出る。
「…他の狩り屋に振ればいくらでも食い付いて来るだろうに」
賛否両論の大きく分かれる『異世界人殺し』という仕事に比べれば、万人にとって感謝の的となる魔物狩りの方が遥かに報酬という面では美味しい。
真っ当な意見なのは間違いなかったが、しかしリーゲルは渋面を作ってから件の依頼書を摘まんでひらひらと左右に振るう。
「火竜亜種ってなると今その辺で暇してる連中じゃ駄目だ、他の実力あるヤツらも出払ってるしな。マジでアンタくらいしか適役いねえんだわ」
着々と逃げ道を潰され、ついにシュテルの口から降参を意味する深い溜息が漏れる。
「悪いな。狩り屋に命掛けてるアンタに界域変動の尻拭いをさせるってのがどんだけ業腹なことかはわかってるつもりではいるんだ。うん」
界域変動。
それは世界が世界としての限界容量を超えた時に起こる異常事態。
定値を超えた世界には何らかのイレギュラーが発生する。魔物の異常変化もその内の一つ。
異世界人の流入が止まるまでこれは続く。
厄介なのは、この異常を異人共が自らの使命とばかりに率先して解決に当たり始めることにある。
原因そのものであるクセに、でしゃばってイレギュラーを排除して英雄と祭り上げられる。異世界人のおかげで世界の危機が救われたと民衆は誤解する。
とんだ茶番だ。奴等は自らが原因で引き起こされる事件を自らで始末しているに過ぎないというのに、この世界で何も知らずに生きる凡愚共はそれを偉業と讃え崇め奉る。
このくだらない、児戯にも劣る低劣なお芝居。それに組み込まれると思うとそれだけで胃が煮えて不快感が喉元まで競り上がってくる。
リーゲルの言う通り。これは異世界人の引き連れて来る災厄の尻拭いなのだ。
「それにな?もしかしたら同時期に違う場所でこの件を請け負った異世界人と現地で出くわすかもしれないだろ。そしたらいつも通りの仕事に戻ってもらえばいいさ」
よほど顔に出ていたか、苦笑気味に宥めるような口調になったリーゲルの手から依頼書をひったくる。
「おう?」
「…今回だけだ。あんたのツラを立てる為に、いいよ。やってやる」
それだけ言って踵を返す。不本意ながらに受けてしまったからには仕事は果たさねばならない。早々に終わらせて本来の狩り屋としての仕事に戻る。
「よしきた黒いの!掃き屋や諸々の手配はこっちで全部負担すっからよ!いっちょぶちかましてきてくれや!」
受けると決まったや否や、活き活きとした声色でシュテルの背中へ声を掛けるリーゲルには取り合わず、早足に《ヤドリギ》の集会所を出る。
(火山か…)
環境の変化が著しい場合は装備を改めなければならない。半日あれば足りるだろうかと、宿へ向かう道すがらに此度の依頼完遂に当たって必要なものを脳内に列挙していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます