第2話 狩り屋
「おお、狩り屋。まーた異人を仕留めたらしいなぁ!」
「雑魚だった。『チート』は熟練しなければ意味を成さない」
真っ昼間から酒を呷る男がご機嫌に青年をテーブルに呼ぶと、僅かな逡巡の後に彼も対面に置いてあった木箱に腰掛ける。
「使いこなさなくても化物級の強さを発揮するから『チート』だってんだろ?」
「だが
狩り屋と呼ばれた青年は身に纏っていた黒い外套を鬱陶しそうにしながらも剥ぎ取ることはせず、空になった器を掲げて新たに酒を注文する男を見据えた。
「掃き屋、お前が派遣してくれたんだろう。おかげで後始末を手短に終えられた」
「んぁ?…あー、他の連中に異人の死骸を発見されても厄介だからな。ってかお前さんもいい加減専属の掃き屋を雇えや」
男の言葉は実に耳に痛い。
聞こえなかったフリをして、話題を変える。
「何か使えそうな情報は入っているか?」
「なぁんも。また『トランプ』の連中が籠城決め込んでるとかその程度。ああなるとアイツらどうやっても出てこねぇからしばらく狩るのは控えた方が得策だな」
それは困る。異人は殺さねばならないのだから。
長居されればされるだけ、世界の負担は跳ね上がる。
「連中も必死だからな。はぐれや孤高を気取ってる馬鹿共は容易に狩られる。馬鹿げた力を持つ人間だって追いやられれば惨めなもんさな」
「……」
酔いが回って上機嫌に語る男の口上には同意しかねた。
アレらは単騎で一国の軍すら相手取れる破格の能力者達。それが徒党を組んで互助し合えば、脅威は何倍にも膨れ上がる。
だから組織化した
「で?お前さんはまた次の転生?転移?なんでもいいが異人を狩りに行くのか?」
「いやしばらくは逃げる」
「……何から?」
訊かれ、青年は深い深い溜息と共に片手でこめかみを揉み解す。
「殺した異人の同伴者から」
「出た」
男は含んだ酒を若干噴き溢しながら大笑する。無遠慮にテーブルを叩く男に対し苛立ちを覚えないでもないが、結局のところは自分で仕出かした問題が故に強く出ることも出来ない。
ひとしきり笑ってから、男はさらにもう一つ酒の入った木製の樽型ジョッキを注文し青年の前にドンと置いた。一応は笑い転げた詫びのつもりらしい。
「難儀なもんよな、異人を殺す者ってのも。ヤツらは何故か異様に良い女を侍らす体質持ちが多い。それもベタ惚れの女を、だ」
その通りだった。異常とまで呼べる力を持つ超常の異能を保有する彼らに対する潜在的な女の本能なのか、それともこの世界に降り立った瞬間からそういった異性を虜にする何らかの性質が発露しているのかはわからない。
とにかく異人は種族を問わず異性を惑わす。場合によっては同性からも。憧憬、恋慕の違いはあれども異人は人を魅了する力を持つようだった。
当然、そんな異人を殺せばどうなるか。殺された異人を慕って付いて来ていた者達は何を想うのか。
そんなものは考えるだけ無意味だ。
だから彼は殺すと同時に逃げることを第一に置いている。
彼は世界の安寧と安定の為に異人を殺すが、元々この世界に住まう者までも無差別に殺すつもりは毛頭無かった。異人狩りの大半は彼と同一の理念を掲げている。
それが異人狩りという職に対する猛烈な反感を買うことだと知っていながらも、彼らはその理念に沿った行動を止めない。
「まぁそれならそれで、いい隠れ家を用意してやるよ。もういくつか夜を越せば躍起になってお前さんを探してる、殺した異人の連れってのも忘れるだろ」
「助かる」
正直どこまで逃げたらいいものかと考えあぐねていたところでもある。この場所は異人狩り達以外は絶対不可侵、それ以外が足を踏み入れたが最期の絶対安全領域なのは承知の上だが、宿泊施設ではなかった。
こういう時、狩り屋を援助してくれる支え屋の存在はありがたい。
「支払いは俺が持つ」
「いいねぇ、お前さんは話が早いから好ましいよ」
無論、支え屋の支援は無償ではないが。
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ファウードの世界に度々現れる異世界人を殲滅する異人狩りの寄り合い所はいくつか点在している。
異人は強大無比な力を振るう敵として、ファウードの猛者でも真っ向勝負を避けた戦法を主とする。
その為か、異人狩り達は寄り合いからさらに派生させて独自のグループを構成するようになった。
グループはやがて数を増していき、
ここはそんな内の一つ。クラン《ヤドリギ》。
今やファウード東部に出没する異世界人の撃滅は《ヤドリギ》の領分とすら言われるようになったほど、このクランは長きに渡りこの世ならざる者共の悉くを駆逐してきた。
彼もまた《ヤドリギ》の一員。異人狩りの『狩り屋』担当。
ボロボロの黒外套に身を納める第一線級の実力者。常にその影に埋もれるように彼の活躍は隠匿されている。
シュテル・フォーゲルハインの名は、『最強の狩り屋』という形ではあまりにも知られていなかった。
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