第3話 電脳異人

 異人狩り、と一言で括ってもその内訳は多岐に渡る。ただ闘い、殺すだけが異人狩りの全てではない。

 最も知られているのは『狩り屋』。直接戦闘を主目的として異邦の者共を撃退・殺害する者。

 通常、殺した異世界人の死体は焼却なり爆散なりで手っ取り早く粉微塵あるいは灰燼に帰し処理される。これは異世界人の持つ特性の一つ『補正』によって何らかの常軌を逸した蘇生を阻む為、というのが大半を占めるが、もう一つの狙いは報復を避ける為だ。

 異世界人はこの世界の者を『魅了』する力を持つ。死んだ異世界人の伴侶やパーティーを組んでいた仲間が、殺された異人の無念を抱え激情のままに異人狩りを殺しに来るリスクを回避する必要がある。

 ここで『掃き屋』と呼ばれる後処理係の出番となる。異人を殺した狩り屋の特徴、証拠、足跡の全てを消し去り、誰が行ったものなのかを判明させない。

 異人狩りは同業者を決して売らない。そして無闇やたらに異人狩りのコミュニティに手を出してただでは済まないことをこの世界の住人なら常識として認知している。

 特定出来ない狩り屋だれかに辿り着くまで血眼になる伴侶も仲間もいない。正確には、血眼になって破滅する前に彼らは共にいた異人の存在を

 異世界人の死によって起動する特性『忘却』。これによって異人を愛していた者、慕っていた者は数日の内に苦楽を共にしてきた異世界人の全てを忘れ去ってしまう。

 …もっとも、これはあくまで特別な感情を抱いていた者に限る。殺意以外の何も向けない異人狩りの面々や無関係の人間達の記憶には残り続ける。

 だから一仕事終えた狩り屋は数日程度、行方を眩ます。これが一番犠牲を少なく済ませる方法だと知っているから。

 『支え屋』は、こういった時に重宝する。武具の手配は元より、専属の掃き屋を雇っていない狩り屋の後始末にフリーの掃き屋を派遣させたり、また狩り屋の逃げる先を提供したりするのがこの役職の仕事だった。

 他にも派生する役職は複数存在したが、主立って動くのはこの三つ。いずれが欠けても、異人狩りという組織は満足に機能しない。




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「お帰りさん。生きててなにより」

「おかげさまでな」

 クラン《ヤドリギ》の集会所で、隠れ家を提供してくれた支え屋のリーゲル・アルマイトは、へらりと笑って酒の入った器を傾けた。

「黒いの。事は収まったぜ」

「ああ、知ってる。だから来た」

 先日始末したイシガミハヤトなる異世界人の同伴者は彼の存在を忘れ、今は元居た街へ帰ったという。

 これでようやく次へ動ける。

「新しい情報は?」

「南の方で新手の異世界人を確認した。受胎転生だな。歳は七つ。んだもんで三人くらいが既に向かった。こっちはまぁ、問題ねぇだろ」

 異世界転生には受胎し生を受けるもの、ある程度の肉体年齢を確立した状態から出現するものとの二種類に分けられる。前者であれば、その存在を確認次第優先的に殺すものとしていた。

 受胎転生者が成人になる頃には、蓄積された『超常チート』の能力が手の付けようがないほどに増大している恐れがあるから、という理由によるものである。

 酒を空にして器を脇にどけると、リーゲルは懐からいくつかの紙束を取り出してぺらぺらと捲り始める。

「あとは…あー。火山の方で巨大な竜が暴れ回ってるとかなんとか。生態異常による亜種だなこりゃ。界域変動だ」

「それこそ異世界人の仕事だ。俺達には関係無い」

 そりゃそうだ、と苦笑して、リーゲルは束から一枚引き抜いてテーブルに放る。

「ほいめんどいのどうぞ」

「…………」

 黒外套の内で頬が引くつくのを自覚する。

 紙面には異世界人の確認できる限りの情報が載せられている。それは転移でも転生でもなく、違うアプローチでこの世界に降り立った者。

 遊戯に誘われた異人。

「ゲーマー、か」

 シュテル・フォーゲルハインの静かな溜息は外套の内側でただ霧散する。




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 異世界人との戦闘は、出来得る限り自らに有利な状況ないし条件で成立させる。そうでなければ基本勝てないからだ。

 だから狩り屋は入念な準備の下で敵を殺す。

 黒外套を脱いで大衆の一部と同化しているシュテルが行っている情報収集もその一環だ。

 本来であれば支え屋、他に集め屋と呼ばれる者達の領分なのだが、他の手を極力借りないで事を成そうとするシュテルはこれを単独で行うのを常としている。

「……」

 灰の髪が鈍く陽光を反射し、怠そうに細められる両目は藍がかった黒。

 一部の者を除く大半が知らない黒衣の内側は、歴戦の猛者と呼ぶには少し歳若い。

 冴えない中級冒険者風を装った最低限の装備に一振りの安価な短剣を腰から提げ、ある街の大通りをシュテルは歩いていた。

 その先、気付かれないよう視線の端で捉え続けている一団が今回の標的。

(…間違いない。ヤツか)

 多種族の女性を数人連れ歩く男の挙動から、シュテルは確信を得る。

 転移、転生とは違う異世界人。

 異人狩り達が区別する為に付けた呼称は『電脳ゲーマー』。

 ゲーム、なる手段によって世界を渡った者達だ。

 ゲーマーの異人は皆が一様にあるアクションを取ることが確認されている。

 何も無い虚空を見つめる、あるいは見上げる行為を対象はこの短時間で既に五度は行っていた。指を伸ばし何も無い空間を掻く、なぞるような動きも。

 この世界の住人には見えない何かを視ている。覗いている。操作している。

 ディスプレイというものらしいが、シュテルにもその辺り詳しいことは知らない。

 ともあれその行為は相手が電脳の異人であることを裏付けるに足るもの。

 そうなれば、次は相手の動き方だ。

 どのような生活習慣でどういった行動指針を持っているのか。いつ単独で行動するのか。

 これを大体三日程掛けて調べ上げる。無論相手の戦力戦術戦略、直接戦闘に関わるものまで全て。

 異人の超常チートは個体によって様々だ。だから何十何百異人を殺そうが闘い方が固定されることはない。大まかな傾向くらいなら読めるが、それだけだ。異人は野生の魔物のように倒し方が確立されることはない。

 それも電脳ゲーマーなら殊更に。

 だからシュテルもこの仕事は渋った。ただでさえ厄介な異人の中でもこれはさらに厄介を重ねている。

 だがやらねばならない。異世界からの来訪者は殺さねばならない。

(殺す。必ず)

 何度でも何度でも、この決意を胸にして殺意の焔を膨らませて行く。

 二日後の夜。

 異人を殺す黒衣は動く。

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