10話 ニューオープン

 真に新しくなった『金の星亭』と『金の星亭 別館』のオープン日がやってきた。それぞれの宿の扉を開ける。


「さあ、営業開始だ!」

「はい!」


 父さんのかけ声に全員が答えた。まず、オープンしてすぐにやって来たのはゲルハルトのおっさんだ。


「おお、小綺麗になりやがって……おお、このタペストリーは」

「父さんがここに飾るって」

「そうか……」


 ゲルハルトさんはそれを聞いて深く頷くと、いつもの部屋に向かって階段を上がって行った。その後も元いたお客さん達が続々と集まってくる。

 一方の別館は大丈夫かな。俺は『金の星亭』の方を家族に任せて、別館の方へと向かった。


「エルザさん、どうです?」

「とりあえず一組いらっしゃいました。この通り」


 エルザさんが宿帳を見せてくれる。わお、上級のパーティだ。さすがにこちらは固定客がいないしいきなり満員御礼とはならないだろうな。


「冒険者ギルドで紹介を受けたとおっしゃっておりました」

「わぁ、ほんと?」


 アレクシスだろうか、持つべき物は友達だ。ありがたい。


「ルカ、ルカ!」

「あれ、父さんの声だ」


 父さんも今日はテンションが高いな。そう思って、表に出ると……まさかの人物がそこには居た。


「やぁ。お久しぶり」

「タージェラさん!!」

「ギルドに可愛らしいメッセージをありがとう」


 タージェラさんだ。そしてその脇には当然のようにカイの雪のような白い姿があった。ついでにその尻尾をつかんでいるソフィーも。あいつまた……。


「あれ、見てくれたんですか?」

「ああ、今魔物の暴走スタンピード後の迷宮ダンジョン探索に人を募集していてな。しばらく前からこちらには来ていたんだ」


 そう言って、胸元から俺の書いた伝言の紙をタージェラさんは取りだした。


「あの、うち獣舎も出来たんです」

「なるほど、それで……では早速泊まらせて貰おう」


 やったね! タージェラさんは別館の一室に泊まってくれる事になった。獣舎に入れられたカイは不機嫌そうだ。


「カイー。毛布をもってきたからごきげんなおして?」

「ははは、いつもそんなんだから気にすることないよ」


 もふもふ好きのソフィーはなんとかカイの機嫌をとろうと必死だ。俺もカイにも快適に過ごして貰いたいけどね。


「そうだ、こっちにお風呂があるんです。使うときは誰かに言って下さいね。用意しますから」

「ほう、この短期間で随分変わったものだ」

「色々あったんですよ、いろいろ」


 それまでの話はこれからゆっくりしていこう。ただその一歩はタージェラさんの置いていった金貨がきっかけだ。その分のお礼をここのおもてなしでしていきたい。




「さーて、そろそろ稼ぎ時ですかねぇ?」

「アルベールさん、ばっちりですよ」


 夕刻になるとアルベールがやってきたので、俺とアルベールは悪代官のように微笑み合った。本日はめでたい新装開店日、ご祝儀も期待できるだろう。


「アル、悪い顔してる」

「しかたないパパですねー、フィオーレ」


 その様子を見て、呆れた顔をしているのはレリオとアルベールの奥さんのリオネッラ。アルベールの娘のフィオーレちゃんはきょとんとした顔をしている。


「わぁ、リオネッラさんも来てくれたんですね」

「ええ、この子がいるから見るだけだけど」

「ええ? うちで預かりますから演奏して下さいよ」


 どうせなら三人の演奏が聞きたい。『金の星亭』でなら子供の一人や二人預かったって……というかすでに子供だらけだし。


「それでは、お泊まりの皆々様……この私アルベールの歌声で、本日の疲れを癒やしてくださいまし」


 まずは、別館の方の食堂で演奏がはじまる。穏やかなリュートの音色。食事と共に泊まり客達はそれに耳を傾ける。


「お味はいかがですか、タージェラさん」

「ああ、今まで泊まっていた宿より格段に上だ」

「ふっふっふっ、良い料理人を雇いましたので」


 夜が更けた所で今度はアルベール達は『金の星亭』に移動した。大体の人がすでに食事を終えて晩酌をはじめている。


「おい、アルベール! 久し振りじゃねぇかぁ!」

「はいはい、お待たせいたしました! 皆さん良い感じに出来上がってますね」


 荒っぽい歓迎の声と共に、今度は軽快な早いリズムが奏でられる。リクエストでしょうも無い冗談の歌が流れると、大きな笑い声が上がった。

 ああ、はじめてアルベールがうちにやってきた日を思い出すなぁ。あの日は酔っ払った誰かが……。


「おい、ルカー。踊らないか!」

「ゲルハルトさん……」


 そう、こうなったんだ。


「踊るなら一人で踊って下さいよ! ぼくは忙しいんで!」

「えーおにいちゃんおどろうよー」

「えええ……」


 やっぱりこうなるのか。ソフィーはすでにユッテの手をとって無茶苦茶なダンスを披露していた。ははは! ユッテの顔! 戸惑いまくっているユッテの顔に笑いを堪えきれなく吹き出すと、ソフィーの手を離してユッテがつかつかと近づいて来た。


「なに笑ってるんだよ! 踊るぞ!」

「うわっ」


 そしてユッテに無理矢理手を取られた。アルベール、このテンポの良い曲を止めてくれ! とそっちを向くと、アルベールが頷いた。そして……ロマンチックな曲が流れはじめた。違う! そっちじゃない!


「いいぞー」

「こりゃ確実にルカは尻にしかれるな」


 なんでユッテとチークダンスしなきゃならないんだよ! 宿中の人達に笑われながら俺はダンスをした。


「はぁ……」


 でも、この無茶苦茶で楽しい感じ。やっぱりいいな。食堂を見渡しながら俺は実感を噛みしめた。ここまでの道のり。新しい一歩がここにはじまった。

 出来る事なら、ここにエリアス達がいればいいのに……そう都合良くは行かなかった。でも冒険者ギルドに張り紙はしたままだ。彼らが新しい『金の星亭』に来てくれる事を願いながら、その日は眠りについた。

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