11話 金の星は輝く
「湯加減は如何ですか?」
「うーん、いい湯だ。どうだ一緒に入らないか?」
「遠慮しときますっ」
俺は即答した。タージェラさんなら一考するけど、ゲルハルトさんと一緒にお風呂には入りたくない。
新規オープンから数日がたった。母さんとリタさんは、新しい厨房で奮闘している。ソフィー、ユッテ、ラウラは『金の星亭』の看板三人娘としてきびきびと働いている。俺と父さんは別館と本館を行ったりきたりしながら日々を過ごしていた。そんな日々の中で、俺にはある習慣が増えていた。
「熱心ね、ルカ君」
そう声をかけてきたのはシスター・マルグリットだ。そう、俺はここの所毎日教会に足をは運んでいた。
「どうしても、お願いがあって」
この世界には魔法がある。それだけに教会も、単なる祈りの場って訳じゃ無い。俺はわざわざお布施をしてお祈りを続けていた。必ずかなうとも限らないとは司祭様に言われたけれど。
「おにいちゃーん!」
「おお、ソフィーどうした」
「みてみてこれ!」
教会から帰宅すると、ソフィーが俺に手紙を差し出した。宛先は『金の星亭』になっている。そしてその差出人を見た俺は……思わずガッツポーズをした。
「よっしゃあ、かなった!」
手紙の主は……エリアス。この新しくなった『金の星亭』をどうしても見て貰いたくて俺は教会に通っていたのだ。
「ルカ君! ソフィー!」
「エリアスお兄ちゃん、それからみんな……なんか、すごいですね」
翌日になって現れた、エリアス一行の姿は見違えるようだった。レオポルトは精悍に日焼けして体つきも逞しくなっている。エリアスは髪も伸びて、随分大人っぽくなった。カルラとヘルミーネはそこまで変わらないけど……全員に言える事は、装備が安っぽい皮製から立派なものに変わっていたという事だ。
「ふふっ、私達土壇場をくぐってきたのよ!」
「カルラ、それを言うなら修羅場」
この二人のやりとりは変わらんな。それを横目にエリアスは『金の星亭』の建物を見上げた。
「へぇ、綺麗になったねぇ」
「お隣は高級宿になりましたよ。エリアスお兄ちゃん、お兄ちゃんとの約束守りましたよ」
「そうか……僕達も強くなったよ?」
「うん、見れば分かります」
俺はエリアスに手を差し出した。エリアスがその手を握り返し俺達は固く握手をした。
「是非、こっちの別館に泊まって下さい」
「そうだね……でも……」
エリアスは俺の言葉に頷いた後、『金の星亭』を振り返った。
「僕等はこっちかな。やっぱ」
「うん、そうだな。俺達といえばこの宿だ!」
レオポルトもそう言いながら、エリアスの肩を組んだ。
「じゃ、じゃあ……こっちへ!」
俺は、エリアス一行を『金の星亭』へと案内した。
「お、エリアスじゃねぇか」
「ゲルハルトさん」
扉の中に彼らを通すと、さっそくゲルハルトのおっさんが声をかけた。
「おうおう、立派になりやがって……」
「ゲルハルトさん、親戚のおじさんみたいになってますよ」
「なっ。……そうかぁ?」
はいはい、積もる話もあるだろうけどまずは部屋に入って貰わなくちゃ。
「エリアスお兄ちゃん達が出てから屋根と外装と厨房を改装しました。それから従業員も増えたし」
「うんうん」
得意気に語る俺をエリアスは笑顔で眺めている。
「後でで構わないので別館の方も見てください。そっちは全面改装したんで」
「そっちに泊まれないでごめんね」
「いやあっちはいつでも……予算もあるだろうし」
「そうじゃないんだ」
振り返ると、エリアスは真面目な顔をしていた。
「ルカ君、君には言っておくね。僕等は国に帰ることにしたんだ。そうなるとなかなかこっちにはこれない。だから……」
「おい、エリアス」
「レオポルト、このままさよならはやっぱり僕には無理だよ」
「エリアスお兄ちゃん……もしかして」
「多分、ヘーレベルクに来るのはこれが最後になりそうだ」
スーッと体温が下がっていくのを感じる。せっかく会えたのに。これでお別れだなんて。
「あー、坊主。エリアスはああ言ってるけど、俺はそうは思ってないから」
「レオポルトお兄ちゃん」
「ただ、時間は開きそうだな。うん」
いつだっていい。また会えるならその時を待つだけだ。だったら今日の『金の星亭』でのおもてなしを精一杯するだけだ。。
「大丈夫です。金の星亭はいつだってここで待ってます」
「そうか、なら俺達もまた来るよ」
夕刻になると、古株のお客さんが勝手にエリアス達を囲んで宴会を始めていた。
「おお、隣国までいったのか?」
「俺は船は無理だ……」
「お前、そんな情けない理由で諦めるのかよ。この坊主達も頑張ったんだぞ」
「いや、うちも……カルラがずっと船酔いしてましたよ」
ハンネスさんは海の話を聞いてしょんぼりしている。みんなで彼らが出て行った後の冒険の話をしているらしい。んもう! 俺だって聞きたいのに!
「はい、ご注文のミートパイとエールです」
「おう、ありがとな。そうだ坊主」
「なんです? ゲルハルトさん」
「アルベールを呼んどいた。そろそろ来るんじゃ無いかな」
「ええ? ぼくもう踊りませんよ!」
こないだのダンスは死ぬほど恥ずかしかったんだからな! 俺の顔色をみたゲルハルトのおっさんはそれを見てにやっと笑った。
「ちげぇよ。おんぼろ宿屋の『金の星亭』を知っている連中が集まったところで聞きたい歌があるんだ」
ゲルハルトさんはそう言うと、エールをぐっと飲み干した。
「どうもどうも……今度はなんのお祝い事でしょう」
「お、アルベール!」
ふらりと一人で現れたアルベール。その姿を見て古株のお客さん連中はワッと湧き上がった。
「ゲルハルトさん、聞きたい曲って、もしかして……」
「こないだはかからなかったろ」
ゲルハルトさんはマントルピースの上のタペストリーを指さした。
「アルベール!『金の星の歌』を頼む」
「……承知いたしました!」
アルベールの顔がパッと輝いて、リュートを奏で始めた。しっとりとした曲調。暖炉の薪は赤々と燃えている。お客さん達はおのおの、肘をついたり壁に寄りかかったりして聞き入っている。
「俺達はさ……それぞれ抱えている事情もなんもかんも違うけど」
「ええ」
「この宿で繋がっているんだ」
そんなゲルハルトのおっさんの小さな呟きは、薪のはせる音と共に消えた。
エリアス達の滞在は三日程度になるそうだ。その間、毎日宴会かな。そう思いながら、俺は寝間着に着替えた。さて、明日はどうしよう。俺の話を聞いて貰おうかな。学校や売店の話をゆっくりと。
「うん、そうし……っ」
一人頷いたその時だった。猛烈な頭痛が俺を襲った。なんだ……これ……。
「痛いっ、くそっ」
これは、これはもしかして。俺が恐れていた事が起きようとしているのだろうか。俺と、ルカの……。
――ありがとう
そう、聞こえた気がした。
「ここでかよっ」
別館はまだこれからだし、エリアス達とじっくり話してもいないし……そうだ借金だってちゃんと返せるかどうか見届けていないぞ!
「ルカ……ルカ……ちょっと待て」
俺は痛む頭を抱えて枕元に置かれたノートに手を伸ばした。
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