9話 『金の星亭』別館完成
『金の星亭』の全面改装がとうとう終わった。白く輝く真新しい面の漆喰の壁、新品のかまどに棚。俺達はそれらにせっせと皿や調理道具をみんなで手分けして設置していた。
「ようやく完成か……」
感慨深げに父さんがつぶやく。ちょっとずつ改装に手を付けてから……えーと、二年近くか。やっとだよ。
「ああ、ピカピカのキッチン!」
母さんはそんなことを言いながら新しいかまどに縋り付いている。嬉しいのは分かるけど、作業の手が止まってるよ!
そして忘れちゃいけない。改装したのは『金の星亭』だけじゃない。お隣の改装もそろそろ完了だ。こちらは内装をいじるだけなので数日で終わった。
「わぁ……素敵ね」
「みてーキラキラしてるー」
黄色い声をあげてはしゃいでいるのはラウラとソフィーだ。別館が出来たと聞いてリタさんとラウラも飛んできた。ソフィーが口を開けて見入っているのはシャンデリア。
貴重なガラスと光石を組み込んだ高級品だ。これをぶら下げるのを提案したのはバスチャン親方だ。掃除が面倒だけど絶対に映えると豪語しただけあって、これがあるのとないのとじゃ段違いだ。
「ね、この壁紙で良かったですね。ハンナさん」
「本当ねぇ」
その横では、ユッテと母さんがそんな会話をしている。各客室の建具も新しくした室内は木の香りで満ちていた。
「さて、こちらが厨房……と」
間取りを確認しているのはエルザさんだ。結局、こちらの接客をエルザさんが住み込みで請け負ってくれることになった。日中は俺達の誰かは交代で別館の方に詰める事になるけれど、これで安心だ。
「んで、『これ』はこっちに飾る!!」
「うおお、いいのか?」
「盗むようなお客さんが来ないことを祈るよ。そもそも領主の紋章入りの短剣なんて売れないよ。念の為鎖も用意しといた」
目を丸くしているユッテをよそに、別館の暖炉のマントルピースにはこの為にあつらえた台座と領主様から褒美に貰った短剣を飾った。うーん、見栄えがするなぁ。
「そして……そして……」
俺は裏庭に駆けだした。ふふふ……やったー、ついに出来たぞ! 獣舎とお風呂が。
「へーえ、これが獣舎ね。綺麗にしとかないとなぁ」
裏庭に設置された鉄製の檻。そしてその斜め向かいには、木造の小屋が建てられていた。
「失礼しまーす……なんちゃって」
その扉をそーっと開く。中には脱衣用のスペースと棚と籠が設置してある。なんとなく銭湯ちっくではある。そして肝心の湯船。楕円形の人が一人入れる位の大型のたらい、といった様なものが据え付けてあった。
「うおお……」
思わず、湯も張られていない湯船に入り込んだ。チビだから俺の体はすっぽりと入ってしまう。給湯設備の類いは無い。魔法で水を張って熱石で温めればいいのだ。そんな訳でこの省スペースで風呂の設置が可能だった訳だ。それだって、人口に対して面積の少ないへーレベルクでは贅沢な空間だ。
「父さん、母さん! お風呂使っていい?」
「まだ昼間よ」
「試しに、試しにっ」
ひゃっはー! 本当に本当の一番風呂は俺のものだ! 俺はとっとと服を脱ぎ捨てた。水球を出しては湯船に流し込み、仕上げに火魔法で熱した熱石を放り込んだ。屋内で火魔法使っちゃったけど……急いでたんだもん。
やがて白い湯気が立ちはじめた湯船。そーっと指先で温度を確かめる。うん、良い感じかな。あ、かぶり湯をするスペースが無い……と言ってもその習慣をお客さんに強要するのも難しそうだ……湯は一回一回替える事になりそうだな。
「まぁ難しい事はいいや、えいっ」
俺はつま先から湯船を跨いで湯に浸かった。温かいお湯が全身を包み混む。ああ、気持ち良い。久し振りの感覚だ。
「はぁ……はふぅ……」
全身がほぐれていく。この感覚を早くお客さんに味わって貰いたいもんだ。湯を毎回張りなおすなら、入浴剤みたいのがあってもいいかもな。売店で売ればさらに利益が取れる。
「それはともかく……ふはぁ、たまらん」
俺は数年ぶりの入浴を終えて、ほこほこになって小屋を出た。外の風の冷たさも心地良い。良いお湯でしたぁ。
「おにいちゃん!」
「お、ソフィー」
「おにいちゃん、ずるい! ソフィーも入りたかったのに!」
「ソフィー、あたしと入ろう? な?」
小屋の外ではソフィーが腕組みをして待ち構えていた。中に入ろうとするのをユッテが止めていたようだ。
「はは、ごめん。もう上がったからどうぞ」
憤慨しているソフィーを置いて、俺は建物の中に戻った。中に入ると、父さんが暖炉に火を入れている所だった。赤々とした炎に短剣の飾りと宝石が輝いている。
「おお、今厨房で昼食を作ってくれているぞ」
「おお、楽しみ」
厨房の方にも火を入れて、何かを作っていた。雇った料理人2名と元々の従業員で打ち合わせをしながら調理しているのが見える。
「このかまどはこの辺が火が強くなるんさ」
「ほうほう」
へぇ、そっか。それぞれのかまどの癖ってのがあるのね。そんなやりとりを眺めていて出てきたのは根菜のポタージュにサンドイッチ。滑らかで野菜の美味しさの詰まった温かい汁物が体に染み渡る。それにこのサンドイッチ! 簡単なもののはずなのにパンは香ばしく、具材のチーズとハムの味が全然違う。
「美味しい……びっくりした」
「そうねぇ、なんでこんなに違うのかしら」
「そりゃあ奥様。そこが料理人の腕の見せ所ってやつです」
「奥様……」
奥様なんて呼ばれて母さんは顔を赤らめた。食後にエルザさんが淹れてくれたお茶は学校で飲んだ通りの味だった。
「茶葉も良い物を揃えましたので」
うん、これなら高ランカーへのおもてなしもバッチリだね!
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