8話 賑やかにいこう

 カンカン、トントン。大工仕事の音が響く。とうとう、『金の星亭』の改装がはじまった。お客さんはお隣やその近辺の宿に移って貰っての本格的な改装だ。冬のこの時期、っていうのは本当は避けたかったけど、ウェーバーのおばさんの引っ越しも迫っているのであまり悠長にはしていられない。


「さって、なにしよう」

「いざ時間が出来ると持てあますものね……」


 俺達は居間は改装しないのでそのまま寝起きはしているけれども、下は工事中なので仕事がない。毎日休み無く働いていた俺達は急に出来た時間に呆然としていた。


「市場にでも行くか」

「そうね、マクシミリアン。それくらいしかする事ないわね」

「おかいものー?」

「そうよ。そうだお人形の洋服のキレを買ってあげましょう」

「わーい」


 はじめての家族全員でお出かけだ。俺達は特に目的もないまま市場へと向かった。


「そっか、今日は市の日か」

「賑やかだね」


 とりあえず、厨房も使えなかったので俺達は屋台でサンドイッチを買い込み、それにかぶりつく。俺のお気に入りの例の焼き肉サンドイッチだ。


「あら、香ばしくておいしい」

「この風味……うちで使っているタレと同じだな」


 うーん、やっぱり美味しい。俺はお行儀悪いけど、手にこぼれた肉汁まで丁寧に舐め取った。


「それじゃ、私とソフィーは端切れを見に行くわ」

「はーい、ぼくらはもうちょっとこの辺を見ていくよ」


 残された俺と父さんとユッテはあちこちの露店を冷やかして回った。そんな中、ユッテが足を止める。


「どうしたユッテ」

「ちょっとここ見てもいいですか」

「なにか欲しいものがあるの?」


 ユッテが見ているのは小間物屋だ。並べられた櫛やアクセサリーの中からユッテは手鏡を一つ取った。


「これいくらですか」

「銀貨20枚だよ」

「10枚で」

「そりゃ無理だ。15枚だね」

「12枚……と、この櫛も買います」

「それじゃ二つ合わせて15枚」


 すごい勢いで値切り合戦がはじまった。はは……やっぱユッテはしっかりしてるや。ユッテが財布を出そうとすると、父さんが突然それを取り上げた。


「ここは俺が出そう」

「マクシミリアンさん、悪いです」

「気にするな。ユッテも女の子だもんな。うちの子なのに気がつけなくて悪かった」


 うちの子、と聞いた途端にユッテの頬が赤らんだ。包んでもらった手鏡と櫛を大事そうに抱えてる。良かったな。


「お、あれ! 見て!」

「なんだ?」

「アルベールさんだ」


 噴水の前にアルベールとレリオが陣取って歌を披露していた。相変わらず見事な演奏と歌だ。人だかりを乗り越えて、前の方に行く。歌が終わったタイミングで俺も小銭を投げた。


「おや、ルカ君。お久しぶりです。なんだか珍しい面子ですね」

「実は『金の星亭』がお隣と合併して改装中なんです」

「なんと! では改装が終わったらお祝いの演奏に伺いますよ」

「それは是非お願いします!」


 そうだな、リニューアル後は大いに盛り上げて貰いたい。なんせ高級路線の宿だもの、食事時に音楽の一つもあったら良い感じなんじゃ……と、あれれ? 俺は一個大事な事を忘れてるぞ! それに気づいた俺は慌てて戻った。


「アルベールさん!」

「どうしました、ルカ君」

「人が捌けてからでいいのでご相談が!」


 ふー……危ない。俺は馬鹿だな。こんな事を忘れるなんて。その後、ふらふらと市場を見て回り細々した買い物をしながら時間をつぶした。


「で、相談ってなんです」

「宣伝です。それをアルベールさんに頼みたいんです」

「ほぉ」

「今度の宿は隣は高級宿、獣舎に風呂もあります。おもてなしも一流……の、予定です。でもそれをちゃんとヘーレベルクの人に知って貰わないと」


 俺は昼間のうちに買っておいた紙束を取り出した。


「これでチラシを作って、配ります。アルベールさんは歌でそれを盛り上げて欲しいんです」

「なるほど……いいですよ。お祝い事はコレになりますからね。しっかり人を呼ばないと」


 アルベールさんは手でお金のサインをするとニッコリと笑った。よーしこれで宣伝の手はずは万全だ。あとは……


「これ、全部手書きかぁ……」


 家族総出でやるしか無い。今日はノンビリしたけど明日からはみんなでチラシ作りだ。




「さーて、皆さんご注目! 領主様にまで謁見した『金の星亭』の宿が新しくなりますよ!」

「あ、アルベールさん。そこはいいから……」

「なに言ってるんです、一番の売りでしょう」

「うう……」

「なんと別館は一流の接客と料理、それに充実の施設も完備!」


 良く通るアルベールさんの声。俺達の作ったチラシの内容にアレンジまで加えて口上を述べながら、リュートを奏でる。


「よろしくお願いしまーす」

「よろしくおねがいしまーす」


 そして俺とソフィーとユッテで道行く人にチラシを配っていった。うん、結構貰って貰えたと思う。そして……その残りを持って俺はあるところに向かった。


「よ! アレクシス」

「ああ、ルカ。何だその紙束は」


 やってきたのは冒険者ギルド。ここでもチラシを置いて貰おうと思ってやってきた。アレクシスに頼んでカウンターの良い場所を融通して貰う。それから、もう一つ。


「ギルドの掲示板に、メッセージを出してもいいかな」

「ああ、構わないぞ」


 それじゃあ遠慮無く。そこに俺がしたためたメッセージは二つだ。


『エリアスお兄ちゃん、『金の星亭』が新しくなりました』

『タージェラさん、カイを連れて泊まりに来てください』


 伝わるかどうか……分からないけれど。俺はそう書いた紙を掲示板に貼り付けた。願いを籠めて。

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