6話 懸案事項

 バスチャン親方が見積もりの為に『金の星亭』を訪れてから一週間後。商人ギルドから従業員の面接の依頼の連絡がやってきた。前回リタさんを雇った時は一人を選べば良かったけど、今回は総勢四人の人員を雇う面接になる。


「どうする? 誰が行く?」

「今回はルカとマクシミリアンに任せようと思うわ」

「母さんはそれでいいの?」

「高級料理なんて母さんには分からないし、二人がいいと思った人を雇って貰えれば良いと思うわ」


 と、いう事で俺と父さんで商人ギルドに向かう事になった。いつかのように通された商談室で候補の人を待つ。……冬だというのに掌に汗が。


「やっぱ緊張するね、父さん」

「ああ。しっかり見ておかないとな」

「うん。新しい『金の星亭』の顔だし、運営も大分助けて貰わないといけないしね」

「そうだな」


 そんな事を話していたら、バルトさんがやってきた。そして、少々申し訳なさそうにこう言った。


「お待たせしました。あの……こちらでも選考したのですが結構な人数になってしまいまして、長丁場になりますけど、頑張って下さい」

「あ、はい……そんなに応募があったんですか?」

「ええ、今日会って貰うのは15名です」


 おおう……随分多いな。二桁を越えるとは思わなかった。父さんと俺はそれからとっぷりと日が暮れるまで、面接に追われる事となった。それにしても、ギルドの選考を超えた人材だ。しっかりした人が多かった。


「宝飾品を扱う商店で接客をしておりました」

「ヘーレベルクでも一、二を争う料理店で五年修行しました」


 極めつけはこうだ。キチッと髪を整えた、異様に姿勢のいい二十代後半の男性はこう言った。


「元は貴族の屋敷で従僕をやっておりまして」

「貴族のお屋敷で? なぜ今回応募したのですか?」

「拘束時間が長いので……そろそろ所帯を持ちたいと考えていたのですが、今の職場だと難しいのです」


 はーあ、色んな理由があったものだ。次々と現れる候補者の印象や前歴などをメモしながらどの人にするべきか考え込んでしまった。そんな中、扉を開けて入って来た女性がいた。


「エルザ・ビュルゲナーと申します」

「よろしくお願いします。……あれ?」


 なーんかこの人見覚えがあるぞ? お客さんじゃないだろうし、一体どこでだ? 俺が首を傾げていると、その女性はふわっと笑った。


「教室でお会いしたかと思います、ルカ・クリューガー君」

「え? あ! ああ!!」


 分かった! 商学校だ! マナーの授業の時間にアデーレ先生のアシスタントをしていた人だ。え、という事は学校辞めちゃうの?


「これ、宿屋のお仕事なんですけど……いいんですか?」

「ええ。かの有名な商学校の卒業生のご実家が事業拡大と聞いて、私もお手伝い出来る事があればと思いましたの」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ、アデーレから聞いて。彼女は責任者で動けませんから、代わりにどうだと言われしてね」


 アデーレ先生……完全におもちゃにされてるかと思ったけど、心配してくれていたのかな。完璧なマナーを身につけた人材だ。例え一時的だとしても……この人は採用だな。


「ふぅ……」


 ようやく全ての面接が終わり、俺と父さんは深い息を吐いかた。はぁ、疲れた……。その後帰ってから、俺のメモを元に家族で話合いをした。ああ、濃い一日だった。


「……じゃ、この人達でいいかな」

「申し分ないんじゃないかしら」


 経歴の長い料理人を2名、あの貴族の従僕をやっていた人、それからエルザさん。以上が『金の星亭』の新戦力として採用された。


「いよいよ……ね」


 母さんが深夜の薄暗い食堂をぐるりと見渡して呟いた。従業員が決まったら実感が湧いてきたらしい。


「で、お客さんにはいつ言うんだ?」


 そんな母さんを眺めていると、ユッテが俺に聞いてきた。


「あー、そうか……それもあるか……」


 今までのプチ改装ではなく、全面改装になるから宿も閉めないと行けないし価格帯が違くなるから他の宿に移って貰わないといけない。


「早めの方がいいよな、うん。父さんがら言って貰うよ。今日は遅いからもう眠ろう」

「ああ」


 お客さんになんて言うか、か……。ん? 何かモヤモヤするかも。




「なんだってぇ?」


 朝から素っ頓狂な声を出したのはゲルハルトさんだ。うわぁ、一番の常連さんだ。やっぱ抵抗あるよな。


「だからな、この『金の星亭』を全面改装するから泊まり賃があがるんだ。代わりに隣は今までと同じにするからそっちに移って欲しい。すまないな」


 さすがの父さんも申し訳なさそうな声を出した。


「いいや、マクシミリアン。俺を見くびるなよ。お前がやりたい事を俺がどうこうするはずないじゃないか」


 ゲルハルトさんは、そう言って笑って父さんの肩を叩いた。


「なぁ、ルカよ。知ってるか」

「ん? どうしたんです、ゲルハルトさん」

「この宿が出来た時よ。あの『金の星』の本拠地に泊まれるってんで俺等はわくわくしたんだ」


 遠くを見つめながら、ゲルハルトさんはそう言った。


「その後は、まぁ……お前の知っての通りなんだがな。これで本来あるべき姿に戻るって訳だぁ」


 そんなゲルハルトさんの姿を見ていて、俺は……胸のモヤモヤをよりはっきりと感じてしまった。『金の星亭』を高級宿にするって事は、ゲルハルトさんを……『金の星亭』が好きな今のお客さんを……ここから追い出すって事なんだよな。俺、馬鹿だ。父さんだって、そう言ってたのに。あんまり気楽に考え過ぎていた。


「どうした、坊主」

「うん……ちょっと考えたくて……失礼します」


 どうしよう。あんな顔みちゃったら。俺は経営路線変更への決意がグラグラと揺れていくのを感じながら、思わず自室へと引き返した。

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