11話 褒賞

 ……いまいち使いどころが分からなかったけど、マナーの講義を受けていて良かった。唸れ、俺のにわか知識。


「ルカ・クリューガー、そしてその父マクシミリアン。面をあげよ」

「……はい」


 貴人への応対の仕方なんてどこで使うんだと思ったけど役に立った。俺達は大広間に片膝をついて頭をたれ、領主様が現れるのを待っていた。教えられた通りに呼びかけに応じて顔をあげる。


「この度、フォアムへの荷馬車を派遣しようとそなたが発起人になったというのは本当か」

「はい」

「とても信じられぬ。ほんの子供ではないか」

「間違いなく、ぼくひとりの考えです」


 安心しろってジギスムントさんは言っていたけど、雲行きが怪しいじゃないか。領主様は今度は視線を父さんの方に向けると口を開いた。


「そこの父親は息子の言葉には相違ないと誓えるか」

「は……紛れもなく本人の考えです。私もすべて終わってから知りました」


 さすがにこれは口裏合わせの結果だ。なにか咎められるような事があれば何も知らなかったと答えてくれと俺は父さんに頼み込んでいた。渋い顔をしていたが、『金の星亭』の為だと言ってなんとか飲み込んで貰ったのだ。


「そうか。ならばルカ・クリューガー、これを受け取るがよい」


 先程の家令の人がうやうやしく小箱と飾りナイフを戴いて現れた。それが俺の目の前に差し出される。


「金貨100枚、その働きに免じて与える」

「100……」

「私費を投じて皆を動かした対価と思え。おかげでヘーレベルクの混乱は早期に収められた。それとこれを」

「は、はいっ」


 俺が小箱と飾りナイフを受け取ると、領主様は深く頷いて退出していった。俺達も案内されて帰りの馬車に乗り込む。


「ふぅ~~~~」

「あれが領主様か……」

「顔とかもうロクに覚えてないや、緊張して」

「俺もだ……」


 そういや、ちゃんと敬語とか使えたんだな、父さん。緊張がほどけると、どうでも良いことが気になってきた。現金なもんだ。




「おかえりさない」

「おにいちゃん、おとうさん、おみやげは?」

「バカ、ソフィー。二人とも遊びに行った訳じゃないんだぞ」


 家に帰ると母さんとソフィーとユッテが駆け足気味で出迎えてくれた。


「おみやげ……なのかな。これを貰ったよ」

「今回の褒美だそうだ」


 俺の手の中の小箱はずっしり重い。それから宝石のはまった飾りナイフ。これ売り払ってしまう訳には行かないだろうしどうしよう。とっとと屋根裏の金庫にしまって貰いたくて母さんにそれを渡した。


「これ……金貨じゃない。しかもこんなに」

「厨房の改装もこれでできるよ、母さん」

「それでもおつりが来るわよ……」


 母さんも恐る恐るという感じで屋根裏にそれを運んでいった。その後ろ姿を見送りながら父さんがぽつりと呟いた。


「今夜は祝杯かな」

「父さん?」

「名誉な事だろう?」

「……実は怒ってる? 父さん」


 父さんらしくない言葉にそう問いかけると、返事の代わりに髪をクシャクシャと撫でられた。


「お前のやった事は正しい。……けどな、こっちは心配をしたんだぞ」

「急だったよね、うん」


 父さん達からみたらそうだよね。俺が自分が目立つことを厭わずに今回行動した理由のひとつは、前世での記憶からだった。災害に遭いやすい日本。インフラが失われた被災地の状況を俺はある程度知っていた。一日の遅れが、後々大きく響いていくことを。




「おお、我らが英雄がご帰還してるぞぉ」

「本当だ、乾杯をしないとな」


 夕食の準備を手伝っていると、仕事上がりのゲルハルトのおっさんとハンネスさんが入り口の扉を開いて、俺の姿を認めた瞬間にそんな事を言いだした。


「聞いたぞ、領主様に謁見したんだってな」

「えっ、なんで知っているんですか?」

「なんでって、冒険者ギルドでさんざん噂になっていたぞ」

「えええ……」


 どっからか情報が漏洩している……? あ、今朝の大仰な迎えの馬車! あんなのが止まっていたらそりゃ噂にもなるか……。ある程度覚悟はしていたけれど、やはり気恥ずかしい。


「それではカンパーイ!」

「乾杯」


 っていっても俺はジュースなんだけど。いいから飲め飲め、と言われてリンゴジュースを啜っている。


「いやぁ、さすが……これが『金の星』の血ってやつかねぇ」

「ゲルハルトさん、もう勘弁してください」

「うーん、坊主には剣の腕じゃなく商才の方があったって訳だ。にしても大したもんだぁ」


 エールを飲みながらゲルハルトさんは自分の事の様に喜んでいる。小さい時から知っているから親戚の子みたいな感覚なんだろう。


「おーい、聞いてくれよぉ!」

「わわわ……ちょっと、ちょっと!」


 そんな酔っ払ったゲルハルトさんのおかげで俺が領主に謁見した顛末は宿中に知れ渡った。




「ルカくん、おめでとう!」

「あ、ありがとう」


 花束を差し出すラウラ。その翌日の朝にはラウラやディアナ、フェリクスまでやってきた。


「うちの仕入れも助かった。ありがとうな」

「もう街中の噂よ」


 フェリクスのお礼は俺の願った通りだからいいんだけど、ディアナは聞き捨てならない事を言っている。そして午後には商学校の仲間達が勢揃いでやってきた。


「これから大変だと思うけど頑張れよ」

「……大変?」

「うん? 商人ギルドに報告に行くんだろ」

「あっ」

「行ってないのか……」


 ラファエルが呆れた声を出した。そうだ、すっかり忘れていた。一応報告はしておかないと。仲間達が帰った後、さすがに金貨は持って歩けないので戴いた飾りナイフを手に商人ギルドへと向かった。


「おめでとうございます、ルカ君」

「はい」


 さっきからおめでとうと言われ続けて俺はもうなんだか諦めてしまった。何がめでたいんだか俺にはあんまりピンと来てないんだけど。


「領主様からは金貨100枚と、このナイフを賜りました」

「ほう……。それは何よりです。して、ルカ君には商学校で皆に講演をして貰いたくてですね」

「こ、講演?」

「卒業生からこれだけの栄誉を賜った生徒が出たのです、逃げられると思わないでくださいね?」


 スッとジギスムントさんの目が細められる。あああ……講演……嘘だろ……。どうしても避けられない事を悟った俺はなんとか短い挨拶と、質疑応答に留めて貰うべく奮闘した。


 そして、領主謁見の影響はそれだけに留まらなかった。


「ここが勇敢な少年のいる宿屋だろうか」


 そういいながら『金の星亭』のドアを叩く、常連さん達とは格が違う感じの冒険者のお客さん。俺目当てにやってくるお客さんが増えてしまった。そして逆の意味で泊まり賃にビックリしていた。


「ほう……こんなに小さいのに。少年、よくやったな」

「はい、ありがとうございます。これからもがんばります」


 何だか強そうな鎧の男性にそう言われて、よく分からない返答をしてしまった。パンダにでもなった気分だ。それに――迫る講演会の日程……あああ! 注目を浴びるのはしかたないけど予想以上だよ! 恥ずかしい!

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