10話 打開
カツカツ、と音を立てて広場の噴水に立てかけた大きめの板にアレクシスが墨石で協力商店の名前と出資額を書き込んでいる。お手伝いしてくれているのは仕事を終えたアレクシスだ。
「賛同してくれたのは十軒か……」
「エーベルハルト商会とディンケル商会の協力があったからな。早かったな」
「うん、金額は結構いった」
「おにいちゃん、もう大丈夫なのー?」
「ああ、とりあえずはこれでいいと思う」
秋の空は高く青く、一見平和だ。だけど、今日の仕入れもあいかわらず少なく値段も高かった。じわじわと物資の不足はヘーレベルクの日常を蝕んでいっている。
「もうこんなもんかな。あんまりぐずぐすもしていられないよ」
ギルドと無関係、おまけに子供の俺の企画に乗るというのは目論見通りウケが良かった。かわいそうな宿屋の息子に手を貸したという大義名分に、実際の物資不足という現実。俺は呼びかけを中止して、ソフィーやアレクシスと別れて今度はディンケル商会へと向かった。先行して荷馬車と護衛の冒険者を手配して貰っている。その進捗具合を見る為だ。
「クラウディア! 準備はどう?」
「ええ、荷馬車を十台。冒険者の護衛はそれぞれ一台に2名ずつ。通常より慎重に進むように行程も組んであるわ」
「こっちは十軒の商店の協力を取り付けた。出資額は約金貨1000枚だ」
「何回かに分けて、買い付けの商隊を組めるわね」
そこからは早かった。翌日、市壁の南門には買い付けの馬車が並び、黒い荷馬がそれを引く。その横には騎乗した冒険者が両脇に待機している。
「第一陣、心してフォアムへと向かえ。頼んだぞ」
ラファエルの父さんが先頭の馬車に声をかける。乗っているのはエーベルハルト商会の番頭さんだそうだ。えーと、例えるならそれなりの企業の専務さんとかそのあたりだ。その後、計三回の買い付けの馬車がフォアムへの向かった。ちなみに俺とクラウディアはしれっと商隊の馬車に同行しようとしたが、それぞれの両親に叱られて乗れなかった。行ってみたかったんだけどな、フォアムの街。
買い付けられた物資が市場に流れていくと、徐々に物価も安定してきた。三回目の商隊がフォアムから帰ってくる頃には通常の交易馬車が向こうからもやって来るようになった。
「ようやく日常が戻ってきた、かな」
「ルカ。お疲れ様」
「よくがんばったな」
夕食の席で家族にそう報告すると、母さんと父さんからねぎらいの声を貰った。今回、黙って見守ってくれたうちの家族には感謝だ。その夜、俺は
「……ぼく、ですか?」
「はい、こちらが書状です」
数日後、俺は商人ギルドに呼び出されていた。目の前に居るのはジギスムントさんと……恰幅の良い男性。
「商人ギルドのギルド長、ヴァルターと言う。君がジギスムントの秘蔵っ子か」
目にした途端に嫌な予感がした。その予感通りにその男性は名乗った。ギルド長……ジギスムントさんの上役だ。ジギスムントさんとはまた違った威圧感のある風貌。そっからガンガン俺を値踏みする視線が飛んでくる。
そんな冷や汗をかいている俺に差し出されたのは先程の書状だった。そして、その中身はもっと冷や汗をかくような内容だったのだ。
「領主さ……ご、ご領主様がぼくに面会したいと」
「ええ、理由は言わなくてもわかりますね?」
「……先の買い付け馬車の派遣の件ですね」
「なかなか聡い子だ。ジギスムント、いずれ商人ギルドに入って貰いたいものだな」
「へへ……へ……」
ギルド長が不穏な事を言っていたけれど、もっと大きな問題がある。領主と面会だって? バカでも分かるヘーレベルクのいっちばんエライ人に俺が会うの!? 子供だからお目こぼしにあうと思っていたけれど、そうは上手くはいかなかったか……。
どんな処罰を食らうのだろうと思うと足がすくんでくる。きっと俺の顔色は真っ青だろう。それを見たジギスムントさんが肩を叩く。
「ルカ君、書状を良く見てください、ご領主様は買い付け馬車の件で声を上げた少年を称賛したいと」
「えっ」
「その為、領主館まで来るように、と。良かったですね」
良くない。全然良くない。お咎め無しなら無視してくれれば良いのに……。はい、行けませんなんて言える雰囲気では無かったので両手でうやうやしく書状を戴いて俺は商人ギルドを後にした。
「りょ、領主と面会?」
あの父さんが噛んだ。帰宅してすぐ、両親に今日あった事を報告するとそんな反応が返ってきた。
「うん。明後日……はぁ、どうしよう。父さん、付き添いをお願いできるかな」
「お? おう……いいだろう」
頷いたものの、父さんはしかめ面をしている。俺も気が重いよ。普段着って訳にも行かないから、また制服か。こういう時便利だな。もう卒業しているのに活用しすぎな気もするんだけど。
そして領主様からの呼び出しの日の朝、『金の星亭』の前には豪奢な馬車が横付けにされた。制服を着込んだ俺と、貸衣装の礼服に身を包んだ父さん。ともにぎくしゃくとしながらそれに乗り込んで領主館へと向かった。
領主館はお屋敷……というより見た感じ完全にお城だ。馬車は軽快に門をくぐり、入り口へと向かう。
「ようこそいらっしゃいました。ルカ・クリューガー、そしてマクシミリアン・クリューガー」
「どうも……」
でた! 領主じゃないけどなんか偉そうな人だ。
「バルリング家の家令のファイナーです。まずは一旦こちらへどうぞ」
俺達はとりあえず城内の一室に通された。ラファエルの家も豪華だよなぁ、と思ったんだけどそれとは比べ物にならない位の豪奢な部屋だ。壁紙からしてキラキラと輝いているし、暖炉のマントルピースには繊細な彫刻が施してある。これが一旦こちらへ、の部屋だなんてなぁ。俺も父さんも口をぽかんと開けてしばらくそれに見入ってしまった。
「ルカ、これは大変なことだぞ」
改めて父さんがしみじみとつぶやいた。
「領主様が直々に会うなんて、最高ランクのパーティくらいだ」
「父さんはあったことは?」
「当然ないさ」
ああ、落ち着かない。完全にお上りさんだ。言っても俺は千葉出身で東京で働いていたから、その気持ちがわかるかっていうと微妙なところなんだけど。しがないサラリーマンの俺は結婚式場以上に豪華な空間にただただ小さくなるしかなかった。
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