9話 旗印に

「どういう事だ、ルカ」


 ラファエルもクラウディアも、そしてアレクシスも目を丸くして俺をみている。相変わらず、フォアムからの救援隊とやらは到着しない日々が続く中で、俺達は再びラファエルの部屋に集まっていた。ラファエルから漏れた疑問の声は一旦置いといて、アレクシスに問いかける。


「アレクシス、フォアムの領主の言い分はなんだって?」

「すでに救援隊は送った、協定は守られたと」

「追加の部隊もないんだよね」

「おそらくな。おまけにフォアムの救援隊の行方が分からないおかげで通常の交易も止まっている」


 アレクシスがそう言って冒険者ギルド内部の事情を教えてくれた。魔物の暴走スタンピードが終わっても、魔物が過剰にならないように迷宮ダンジョンへは定期的に人を送らなければならない。その為の物資が滞るのは冒険者ギルドとしても痛手だ。


「ヘーレベルクの領主さんは再度要請をしたんだろうか」

「そりゃ当然な。ただこれ以上せっつくのは互いの面子が許さないだろう」

「でもさ……そんなのぼく達には関係ないよね」

「まあな」

「だったら、無視しちゃおう。そんな大人の面子なんて。……だってぼくらは子供なんだから」


 みんなの顔をき込みながら俺は自分の計画を語っていた。みんなは驚きながらもその表情からは興奮の色が滲み出ている。


「本当に……そんな事ができるのか? ヘーレベルクの流通を正常化させるには一体どれだけ……」

「できるかじゃない。やるんだよ。特にクラウディア。君には一番協力して貰いたい」

「……うちだって手を貸すぞ、忘れるな」

「ありがとう、ラファエル」

「あとは商人ギルドがどうでるかだな」


 唸るようにアレクシスが口を開いた。そうだね。そこの部分が一番うちの家族の説得にも骨が折れた。


「アレクシス、それこそ実質一番この状態を打開したいのは商人ギルドだと思うよ。きっと分かってくれる」


 そこまで言って俺は立ち上がった。これから俺は商人ギルドに向かう。この計画をさらに大きなものとして実行する為に。




「ルカ君、お話とはなんでしょう」

「副ギルド長、お忙しいところ時間を作っていただいてありがとうございます」

「それだけの話なのでしょう?」

「ええ、まぁ……」


 忙しい中、ジギスムントさんは何とか会ってくれた。説明は手早くしないと。俺はバッグから革袋を取りだした。それをドンとテーブルの上に置く。売店で得た利益の中から用意した金貨20枚。


「これで、フォアムまで買い付けの馬車を走らせます。ここの所の物資の不足は看過できないところまで来ています」

「……しかし、フォアムからは救援の……」

「それ、本当に来るんですか? 困っているのは今なんですよ?」

「……何を企んでいるんです、ルカ君」


 ジギスムントさんが目を細めてこちらを見た。その視線を真っ向から受け止めて俺は続けた。


「いいですか? ぼくは子供だから・・・・・・・・、政治的力関係を鑑みる分別なんて無いんです。ただただ、物資の不足を憂いてフォアムへと馬車を飛ばす健気な少年になるって……訳です」

「自分で言いますか」

「う、嘘も方便ですよ」


 しらっとしたジギスムントさんの言葉にちょっとだけ自分でも恥ずかしくなる。 


「でもルカ君、金貨20枚分の仕入れではこの状況は変わらないですよ?」

「これは種銭……みたいなものです。ぼくに賛同……同情でもいいです。そうした商店から資金を募ります」

「しかし……それではルカ君、君が目立ちすぎます。いいんですか」


 今まで表立って動くことを控えていたことを知っているジギスムントさんが俺に問いかけた。


「本当はこんなことしたくないです。でも、ぼくのうちの仕事は……宿の仕事は泊り客をおもてなしして快適にこの街で過ごしてもらう事なんです。今はその責務を果たせていません。商人ギルドが表立って動くと、領主さんとの関係が微妙になるでしょう? だからぼくが勝手にやった事にすればいい」


 商人ギルドにしてほしいことは一つだけ。俺の行動を黙認して欲しいという事だ。そして出来れば水面下でいいから賛同を促して欲しい。


「あえて君は……旗印になると」

「ははは、そう言うとなんかカッコいいですね。と、いう訳で広場でぼくは明日から賛同者を募りますので」


 言いたい事だけ告げると、俺は商人ギルドを後にした。旗印、か。どっちかっていうとマスコットって言った方がしっくりくるな。




「フォアムへの買い付け馬車を出すのに協力してくれる人を探しています! どなたかいらっしゃいませんかー!」

「ませんかー!」


 翌日、俺はソフィーを連れて広場に立っていた。木箱に昇って道行く人に声をかける。あえて商学校の制服に身を包んで。


「ルカ君!」

「クラウディア……、それからラファエル!」


 クラウディアとラファエルとそのそれぞれの父親が馬車に乗ってやってきた。クラウディアのお父さんは馬車から降りると、ツカツカと俺の前にまで近づいて来て、俺の手を握った。


「ルカ君、クラウディアから話は聞いたよ。ディンケル商会は協力させて貰う」

「エーベルハルト商会も同様だ。我々の声を商人ギルドもそうむげには出来まい」


 後ろからラファエルの父親も俺に声をかけた。そのまま商会から借りた買い付け用の馬車を分かりやすく背後に立たせて、俺は再び広場に声をかけ続けた。


「皆さん! この所の物価の高騰はご存じでしょう。このぼく、ルカ・クリューガーが出資してフォアムへの買い付けの馬車を出します。ディンケル商会・エーベルハルト商会からの協力もとりつけました! さぁ、どなたか協力いただけませんでしょうか! これでもまだ足りません!」


 声がかれるほど大声で叫んでいくと、次第に人だかりが出来てきた。その様子に手応えを感じながら、俺は演説を続けた。

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