8話 決意

 予想どおり、市場の方は被害といえる被害は見た目には無かった。フェリクスの家のパン屋も通常営業をしているようだ。


「すみませーん」

「おお、ルカ君。おおーいフェリクス! 友達がきたぞ」


 店頭にいたフェリクスの親父さんを見つけて声をかけると、奥に向かってフェリクスを呼んだ。


「やぁフェリクス。様子を見に来ただけなんだけど無事みたいだね。安心した」

「それがなぁ……」

「どうかした?」

「今日届くはずの小麦が来なくて。今日だけならいいんだけど……」


 そう言ってフェリクスは顔を曇らせた。パン屋にとって小麦粉は生命線だ。……流通が麻痺しているのか。昨日の今日だ、無理もないけど。


「みんな無事で良かったわね」

「本当ね、ラウラ」

「え、あ……うん」


 ディアナとラウラはフェリクスの無事と市場の様子を見て安心したみたいだ。懸念を押し隠して、俺も街の探索はそこまでにして一旦家に帰った。本当はアレクシス達がどうしているかも気になっていたけれど、何時までも家を空けていられない。




「ルカ」

「あれ、ラファエル! 来てくれたんだ」

「ああ、ちょっと出て来られるか? 話がある」

「うん、まあ大丈夫だけど」


 そんな状況の中、翌日ラファエルが訪ねてきた。仏頂面のラファエルは俺を連れ出したっきり無言だ。ついていった先は市場の中央からほど近いラファエルの家だった。お屋敷と言っていい豪華な装飾の家はさすがヘーレベルク一の商家。ラファエルの先導で彼の自室に案内されると先客が居た。


「お、来たか」

「ルカ君、待ってたわ」


 室内にはアレクシスとクラウディアが居た。


「クラウディア! アレクシス……は大丈夫だった?」


 アレクシスも冒険者ギルドのタグを所有している事を思い出した。ギルドの職員として働いていたのかそれとも。


「あんまり大丈夫じゃないな。現場では後方だけど迎撃に回ったし、終わったら終わったで魔物の死骸の焼却だよ……とんでもない初仕事だった」

「うわぁ……ちゃんと寝たの?」

「本当は今頃、寝ているところだけどラファエルに呼び出されたんだ」


 俺はラファエルを見た。そうまでして俺達をどうして集めたんだろう。


「ラファエル……」

「いいか、口外はしないでくれ。混乱の元になるからな」


 そう前置きをしてラファエルはソファに座った。ひとつ、大きく息を吸って口を開く。


「……本当かまだ確認はとれていないんだが、フォアムからの救援物資を積んだ商隊が到着しないかもしれない。早馬を飛ばしたからもう使いはとっくについてもいい頃なのに」

「どういうこと? ヘーレベルクの有事の際には救援隊を送る協定が結ばれているはずよ?」

「何か事故で着かないんだったらいいんだ。しばらく不便だけどな。ただ……向こうが協定を破っていたら……そうなったら政治問題にまでなってしまう」


 ラファエルはそこまで言ってため息をついた。


「クラウディア、君の所は食品が主だろ。これから一番直撃をくらうだろうし覚悟しておいてくれ」

「……フォアムからの取引は一番大きいわ。そうなったら……」

「アレクシスも冒険者ギルドの方からこの話の信憑性を探ってくれないか」

「ルカ。……ルカは……」

「ぼくはどうしたらいい……?」


 ラファエルは俺の顔をじーっと見た。


「商人ギルドの内部には入れるか」

「うーん……今は無理じゃ無いか? 混乱が落ち着かないと。やってみるけどさ」


 あのジギスムントさんが俺相手に尻尾を出すか。話が終わると俺達はさっさと解散した。みんなそれぞれやることがあるのだ。

 帰りに商人ギルドを覗いたが、案の定混乱していた。こういう事態の時は役所とかそういう類いの所は大概そうさ。……経験がある。




「また……こんだけかい」

「すみません。畑の方はもう大分いいんですけど、街道に魔物が残っていて危ないからって一々冒険者を雇わなきゃならなくって」

「そうかい……」


 リタさんの気落ちした声が聞こえてくる。数日後も食料の不足と価格の高騰はまだ続いていた。お客さんの方は魔物の処分の仕事の次は護衛の仕事が増えて忙しそうだ。具の少ないスープになってしまって申し訳ない状態が続いているが、意外な事にお客さんは増えた。


「簡単な仕事が増えているからな、職の無いやつらが集まっているようだ。一度魔物の暴走スタンピードが起こればすぐには起こらないしな」

「お隣も満室だってさ、父さん」

「ありがたくない好景気だな」


 父さんは顔をしかめながら宿帳を眺めている。不足しているのは食品だけじゃない。薬品なんかも魔物の暴走スタンピード以降不足していた。


「なんだぁ、ずいぶん値上がりしてるな」

「すみません、物不足で……」


 売店に傷薬を買いに来たゲルハルトさんはそうぼやいた。一律金額を守っているだけだけど。一括仕入れをしている売店の商品は物不足から仕入れ値が上がったので売価を指定の値に上げるようにとお達しがあった。緊急事態なので協力してくれというジギスムントさんの手紙を添えて。


「ゲルハルトさん、本当はけっこう傷痛いんじゃ無いの? 回復魔術士の所にいった方が……」

「いや、まだ帰ってこない奴らが居るだろ……それまでは俺は行かねぇよ」


 ゲルハルトさんの言うとおり、何人かのお客さんは戻ってきていなかった。治療所にいるのが確認されたお客さんもいる。でも……荷物が……そのまま遺品になったお客さんもいた。命のやり取りをする厳しい職業。それが冒険者だ。彼らはその身でこの街を守ってくれた。


「……よし、覚悟を決めるか」

「どうした坊主」

「ん、独り言です」


 そんな彼らがベストな状態でお仕事できるようにするのがヘーレベルクの宿屋の使命だ。それを実践するために……俺はある決断をした。

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