7話 戦いの後

「ありったけ湯を沸かせ!」


 装備を解いて着替えた父さんの指示で俺は熱石を暖炉にくべる。ソフィーにあるだけのたらいに水を張ってもらい、湯を作っていく。厨房ではユッテと母さんが急ピッチで大量のスープを作っていた。


「おーーい! 帰ったぞう!」

「ゲルハルトさん!」


 まず帰って来たのは泥と血にまみれたゲルハルトさんだった。


「無事だったんだね、お疲れ様」


 さっそく温かいお湯をゲルハルトさんに渡す。ああ……こういう時やっぱ風呂があればなぁ


「へへへ、ありがとよ。……いちち……」

「怪我してるの!?」

「かすり傷だ、気にするな」

「回復魔術士は……」

「そんなもんはもっと重傷のやつが優先だ。こんなもんツバつけとけば治る」


 そう言って腕の傷をゲルハルトさんは拭った。なけなしの化膿止めを出して彼に渡す。……その後、続々と帰ってくるお客さん達も大怪我こそしていないがあちこち傷を負っていた。戦いの過酷さが忍ばれる。


「皆さん、スープが出来たので食べてください」

「おお、助かる」


 こっちも大忙しでスープの皿を皆に配って歩く。椅子とテーブルが足りなかったが、床に座ってる人にも構わず配って歩く。こんな時にお行儀なんてあったもんじゃない。


「ところで、父さん怪我は?」

「怪我したら許さないといったのはルカだろう?」

「……はは、ほんとに守ってくれたんだ……ありがとう……」


 父さんは自身の身を守りながら、魔物を撃退してくれた。それがどれだけ過酷なことなのか、俺には想像もつかない。


「皆さん、大変でしたね」

「……はは、まったくだ。こんな時に居合わせるなんてよ。飯食ったらバカみたいに眠くなってきた」

「ベッドも整えてあるので早く眠ってください」


 一息ついて、お客さん達は部屋に戻っていった。その数は……撃退に出て行った全員ではない。何名か帰ってこないお客さん達を気にかけながら俺達も交代で眠りについた。




「あら、随分少なくない!?」

「……なにぶん畑が荒れてしまって……申し訳ないんですけど」


 まず最初の変調はここからだった。いつも野菜を届けてくれる農家の使いの少年が持って来たのはいつもの半分くらい。


「父さん……」

「農村への被害は食い止められなかったか……」


 朝食のオプションサービスを急遽中止して具の少ないスープを提供しながら、パンの備蓄も二三日で尽きる事に気がついた。小麦粉だから大丈夫だろうか。お客さん達はそんな中でも仕事に出かけて行く。


迷宮ダンジョンに行くんですか?」


 ヘルマンさんにそう聞くと、首をすくめながら彼はこう言った。


「いや、俺等は掃除だ」

「掃除?」

「ああ、そこら中にごろごろしている魔物の死体を片付けなきゃならん」


 この通りにも魔物の死骸が転がったままだ。うちいくつかは俺達がこさえたやつだけど。


「きちんと処理しないと腐って病気の元になるんだと」

「なるほど」


 疫病対策か。ジギスムントさんに良いようにやられていた印象の冒険者ギルドもこういった時の機動力はすごいな。


「数が数だから、うんと珍しいのを除いて壁の外で燃すんだとよ。もったいねぇ」

「仕方ないですよね……」


 本来なら色んな用途のある魔物の部位分けも今回のような事態になってはやっている時間がないのだろう。


「父さん、ちょっと出かけて来てもいいかな。友達の様子を見に行きたいんだ」

「……大丈夫だとは思うが短剣を持っていけ」


 短剣よりロッドの方が本当は使い勝手がいいんだけど、とは言いにくくて一応帯剣して俺は扉を開いて外へ出た。うちのお隣は俺達の奮闘の結果、傷ひとつ無い。


「ルカ、あんまり見上げてると首がとれちまうよ」

「あっウェーバーさん」

「お礼をしに行こうとしていたとこだけど、なんだい出かけるのかい」

「うん。友達が心配で」

「そうか、じゃあ今言っとくよ。ルカ、あんたの頑張ってる声も聞こえていたよ。ありがとうね」


 そう言ってウェーバーのおばさんは小さな体をかがめて頭を下げた。


「あの、はい……頑張りました」


 必死こいて麻痺していたけど思い返せばあの夜は本当に怖かった。目の前に魔物が居てよく俺はバンバン攻撃なんてできたものだ。

 手を振りながらウェーバーのおばさんと別れつつ、俺は友人達の無事を確かめるべく歩き出した。


 街のほとんどの建物は無事な様だったが、何軒か屋根に穴が空いたり壁が崩れた家も見かけた。それを見て泣いている一家を見かけて俺は顔をしかめた。火事場泥棒みたいのはうろついて居ないみたいだけど。俺はほぼお飾りの短剣をキュッと握った。俺が向かっているのはラウラの家だ。どうなっているんだろう……。

 たどり着いたフォルトナー家は無事だった。まずは胸をなで下ろす。


「ラウラー! リタさーん!」

「……ルカ君!」


 俺の声が聞こえたのだろう、扉がバンと開くとラウラが飛び出してきた。そのままラウラは俺に抱きついてきた。


「良かった! 無事だったのね!」

「ラウラ……ラウラのとこは」

「全員無事よ! 午後になったら『金の星亭』にも行くから!」

「そんな、無理しないでも大丈夫だよ」


 ラウラは元気そうだ。よかった。全員無事ってことはリタさんも無事なんだな。


「ルカ君、ハンナさんひとりじゃ大変だろ。うちは平気だから」

「リタさん! ……じゃあ、よろしくお願いします。ラウラ、ディアナの様子をこれから見に行こうと思うんだ」

「あら、じゃあ私もいくわ。まだ見に行けてないの」


 そんな訳でラウラと共にディアナの家に向かった。


「ディアナー! いるー!?」

「ルカ君! ラウラ!」


 声を掛けるとディアナがすぐに出てきた。


「ディアナの所は無事だった?」

「窓ガラスが一カ所割れちゃったの。ちょこっとっていえばそれまでなんだけど」


 窓ガラスかぁ、直すのに金がかかるな。懐にはちょっと痛いけど家族は全員無事だという。


「ルカ君の所こそ大変だったんじゃない? 街の北の方だし」

「ここよりは確かに……でも全員無事だったよ。宿はバタバタしてるけどね」


 これでラウラとディアナの無事は確認できた。あと次に向かうのは……フェリクスの所だ。街の南の市場に面しているし、人的被害をこうむった可能性は低いと思うんだけど。ディアナもついてくるというので三人で今度はフェリクスのパン屋に向かって歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る