2話 販路拡大!

「とってもこれ良いんだけどね、もう少し香りの種類を増やすべきだと思うのよ」

「く、クラウディア声が大きい……!」

「あら、ごめんなさい」


 いけない、といった感じで掌を口にやったクラウディア。いつかのように俺は廊下で詰め寄られていた。こういう時、ラファエルは一応場を整えてくれるんだけどなぁ。クラウディアは弾丸みたいに思いついたらやって来る。その手にはこの夏に売り出したデオドラントの小瓶だ。


「モニカとアンナと同じ香りだなんて私は嫌なのよ」


 ほとほと困ったようにクラウディアは首を振って眉を寄せている。モニカとアンナって誰だよそれ!? 友人だろうか。おそろいで喜ぶ女の子もいれば、かぶるのをいやがる女の子もいる。

 この年になっても女心ってのはよく分からん。これは匂い消しなんだから気になるなら他に香水でもふりゃあいいんじゃないだろうか。


「香りなら香水とかがあるじゃないか」

「選べるって事が大事なの! 分かる?」


 そう言って力説するクラウディア。ああそうか……実用アイテムとしてギルドには開発を依頼したけど、市場ではおしゃれアイテムになってしまったのか。ちょっと路線変更しないといけないな。これはまた商人ギルドでジギスムントさんと打ち合わせだ。


「……で、なんでそれをぼくに言うのさ」

「もう、とぼけるのはやめて。どうせこれもルカ君の仕業でしょ。じゃ、よろしくね」


 言いたい事を言ってクラウディアは去っていった。仕業とは人聞きの悪い。販売に携わったのは事実だし、俺に言うのが早いってのも分かるんだけどな……。


「うーん、香りの種類を増やす……か」


 よく考えればコンビニで先行発売して売れ行きを見る、なんて事はよくある事だ。そこからさらに商品コンセプトを変えるって事も無いわけじゃない。ハッカを抑えて通年の商品にしてもいいかも。俺は考えを巡らせながら、放課後商人ギルドに向かった。




「香りの種類を増やす……ですか」

「とある女の子にそんな事を言われまして。うなずける部分もあるよな……と」

「ふむ……」

「それで思ったんですが、これ市場の商店で普通に売りませんか?」

「普通に? それだと売店の売り上げになりませんよ?」


 不思議そうにジギスムントさんは俺を見た。確かにそうなんだけど……代わりに試させて貰いたい事が俺の中にも出てきた。今後の市場とのつきあいを考えていくとなにもマイナスって訳じゃない。


「このまんまじゃなくって、言われたように香りの種類を増やして……ラベルもおしゃれにして瓶も女の人が好きそうな感じにしたらどうでしょう」

「なるほど……用途が違うと言いたいのですね」


 ジギスムントさんの言葉に俺はこくりと頷いた。考えたのは今現在、売店で売られている商品の高級版だ。嗜好品の用途を強めた別の製品。売店で売っているものとの競合を抑えつつ、販路とユーザーを拡大していく。それが俺の考えだった。


「ふむ……開発した薬種問屋に聞いてみましょうか……」

「できれば、何か新しい商品が出てきたら売店で試しに売ってみるってのもいいかもしれませんよ」


 押しつけがましくない程度にテスト販売の提案をジギスムントさんにする。いちいち新商品を考えるのは大変だし、市場で日々そういったものが生み出されていくなら。初期トライアルの分をこっちでいただく旨味もある。


「適した商品があれば検討しましょう……ところでルカくん」

「はい?」

「ルカ君は卒業後の進路は決まっているのですか?」

「へ? 家の手伝いに戻りますけど」


 そう俺が答えた途端にジギスムントさんは天を仰いだ。なにそのリアクション。


「……ルカ君、商人ギルドに入る気はありませんかね」

「今も入っているじゃないですか」

「そうではなくてギルドの職員としてです」

「職員……」


 ギルドに就職って事か。ジギスムントさんは真剣な顔をしているし、直々のスカウトは嬉しい。だけど……俺の気持ちに関係なくひとつ問題がある。


「ジギスムントさん、お声がけは嬉しいのですが……」

「給金も弾みましょう。もちろん売店の契約とは別に。どうです?」

「そうじゃなくて、ジギスムントさんもしかして忘れてるかもしれないですけど、ぼく8歳なんです」

「……!!」


 それを言うとジギスムントさんの顔色がサッと変わった。これは本気で頭から抜け落ちていたな。さすがにヘーレベルクでものっぴきならない事情でも無い限り、8歳はまだまだ親の庇護下にいるべき歳だ。


「ルカ君……失念してました……私とした事が……なぜ」


 眉根を抑えて首を傾げるジギスムントさん。まぁ実は中身はおっさんだからなぁ。知らず知らずにそれが伝わっていたのかもしれない。


「できれば今回のような提案があれば都度ギルドで採用したかったのですが……」

「それはもちろん協力しますよ」


 ただいつもいつもアイディアがポンポン浮かんでくる訳でもないし、仕事としてと言われると微妙な気がする。今みたいな関係を続ける方が俺は気が楽だ。売店との力関係やジギスムントさんは出所を隠す工作が大変だろうけど。だからこその囲い込みの提案なんだろう、これは多分。


「今日のお誘いは本気ですよ。いずれルカ君には職員になってもらいたい。成人してからでかまいません。待っています」

「……心に留めておきます」


 はっきりした返事をしないまま、俺は商人ギルドを後にした。いつの間にかギルドともしっかりとした繋がりが出来ていた。


「おもしろいもんだよな」


 最初はガチガチに緊張してギルドに売店の交渉に向かったのを思い出す。今じゃバイトにでも行く感覚で副ギルド長の執務室に出入りしている。それによって受けた恩恵は大きい。俺じゃ手に負えない案件はギルドが背負ってくれるからな。


「商人ギルドの職員か……選択肢のひとつとして考えてもいいのかもしれない」


 今はもうちょっと『金の星亭』の発展にとりかかりたい。改装も途中だし、卒業してやっと集中して宿屋業をやれるって所なんだ。でも……それが一段落したら商人ギルドで働くってのもありかもしれない。ジギスムントさんからの提案に少々、心揺さぶられながら俺は自宅に戻った。

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