八章 熱い戦い
1話 夏の新商品
「はぁ……あっつい」
そう言いながら俺はジャケットを脱いだ。湿度は低いが夏の日差しは強く、開け放した窓からの緩やかな風ではどうにもならない。家から持って来た氷入りの水筒はとっくに水に変わっていた。
「夏か……」
後ろの席でアレクシスがポツリと漏らす。その気持ちは分かる。夏が終わったら俺達はこの学校を卒業だ。中にはもっと勉強したいと居残る生徒もいるみたいだけど、俺やアレクシスは費用の面でそういった事も言っていられない。アレクシスの呟きにはそんなセンチメンタルな響きが籠められていた。
「アレクシス、次はマナーの講義だよ。シャキッとしなよ」
「おう。アデーレ先生に会えるのもあと何回かっ……てね」
軽い調子で答えてアレクシスは立ち上がり、俺と共に講義室へと向かう。みんなが大好きアデーレ先生の授業は、いつもなんとなく落ち着かない空気が流れている。年頃のみんなには先生の柳腰はちょっと目の毒なのだ。俺はまた猫の子のように抱っこされないかひやひやしながら受けてるけど。
宿の役に一番役に立ちそうだと思ったこの授業だが、お茶の美味しさがアップした以外、実は役に立ってない。俺自身が紳士のマナーを身につけつつあるけど、肝心のうちのお客さんが紳士じゃないんだもん。
「学校も卒業が近づいているし、売店の経営も上手く行っているし……順調すぎて怖いな」
「ルカ。お前は大胆なのか心配性なのか分からんな」
枯れ葉色の髪をがしがしと掻きながら隣でぼやくアレクシスを軽く無視する。こんなやりとりももう少しで終わる。しみじみとそれを感じながら授業を終えた。
「ただいまー」
「おかえりなさい! ルカ君!」
ラウラの出迎えにも馴れた。ラウラも教会の学校を秋に終えたらうちでフルタイムで働く事になる。仕事もだいぶ覚えたようで、チャームポイントの笑顔を振りまいている。やっぱり最初はちょっと無理をしていたようだ。
若い冒険者のお客さんの中にはそんなラウラの笑顔をポーッと見ているヤツもいる。俺が子供だからって気を抜いているんだろう。なんかやらかしたら俺が……いや父さんが出動するぞ。
「さーて……今日は……」
最近の俺はギルドに寄らない日は夕食まで考え事をする時間に充てていた。大体が売店の経営についてだ。
「ここは、一角兎の干し肉より大牙猪の干し肉の方が出るのか……高い方が売れるのはやっぱり客層かな。他に売れそうなものってなんだろう? 薬品ももう少しいい物を置くとか?」
薬品のランクには詳しくないから今度市場を見学に行こう。定期的にこう言った経営アドバイスをしていこうと俺は考えている。なんでかって言うと、報酬が良すぎて罪悪感がすごくてさ。なんとか売店を経営して良かったっていう満足度を維持しようと俺は頭をしぼっていた。
「他になんかないかな……コンビニ……コンビニ……」
何かこっちで転用できそうなサービスを頭の中で掘り起こそうとする。ううーん、公共料金の払い込みなんかはしょうもないし、荷物の配送受け付けは荷物の配送そのものがこっちでは整っていない。
「そっから手をつけるのもなぁ……骨が折れるよな。冒険者ギルドも巻き込まなきゃいけないだろうし……」
ぶつくさ言いながらベッドに転がっている俺はだらだらしているようにしか見えないだろう。頭はフル回転なんだけどな。
「うー、ダメだ。あっつい」
暑さが思考を鈍らせる。日本の夏よりよっぽどマシなんだけどね。このままだと本当にゴロゴロしているだけで終わりそうだ。それよりか下に行ってアイスキャンディでも作ろうか。成長に伴って、前より魔力が増えた気がするからお客さんにもお裾分けして……。
「あ……そうだ、季節性だ」
コンビニでは季節ごとに売り場も変わっていた。大してこちらの売店は年中同じだ。夏の
氷はうちだけならともかく量産も保存も利かない。なんか無いか? 夏のコンビニの売り場には何があった。
「汗ふきシート……とか……ああ、くそダメだ」
「ハッカだけ……これだ!」
小瓶に詰めたハッカ油なら荷物にならずに清涼感を得ることが出来る。ハッカに惹かれる魔物とかが居なければな。正直、夏場に
「夏の対策商品……ですか」
「ええ、ハッカ油なら匂い対策と清涼感を得られると思うんですけど」
「ふうむ……薬種問屋の商会に相談してみましょう……それにしてもルカ君」
「はい?」
「君は働き者ですね……あとはドンと金が入るのを待てばいいのに」
にやっとジギスムントさんは薄ら笑いをしながらそう言った。この顔は……多分褒めてるんだよなぁ。だんだん俺も分かってきた。
「売店の売り上げが伸びればぼくの懐も潤います。やるならとことんですよ」
「ほうほう、結構な事ですね」
それ以上に高い取り分にビビってなんだかケツを叩かれている気分になってる方が強いんだけどね!俺はじーっとジギスムントさんを見た。
「他にもあればどんどん提案してくださいね、ルカ君」
「は、はい……」
うーん、これは俺の性分もすっかり把握されているよな……。この日提案した夏のデオドラント商品は商会で開発されハッカ油やハーブをブレンドした匂い消しの小瓶として発売された。そして女性を中心として冒険者だけでなく一般の人々にまで手に取られるヒット商品となったのだった。
「……売れたのはいいけど、また金が入る……もっとがんばらなくちゃ……」
そのヒットの裏で俺はどうしようもない堂々巡りの考えに陥っていたのであった。
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