3話 続く道のり

「えー……みなさんはこのへーレベルクの立派な商人のひとりとして……」


 ――既視感のある光景。講堂ではじまった商学校の卒業式はまた禿げマイヤー校長の長い長いお話から始まった。今日でとうとう一年間の学業はおしまい。

 いつまでも終わらない話に皆ソワソワしているのは一緒だが、あの時のように知らない顔が並んでる訳じゃない。前列にいるカールは明らかに苦痛そうな顔を隠してもいないし、マルコはすました顔をしているがあくびをかみ殺している。


 校長の話が終わると、俺たちは一人ひとり壇上に呼ばれた。卒業証書と花をそれぞれ渡される。


「ルカ・クリューガー君」

「はい!」


 ついに俺の名前も呼ばれる。はきはきと元気よく返事をして壇上へと上った。


「本校、最年少の身でよい成績を修めましたね。卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


 校長先生から証書を受け取って席へと帰る。途中みんなの様子をチラ見すると目頭を赤くして涙をこらえているヤツも中には居た。


「それでは主席、クラウディア・ディンケル! 生徒を代表して挨拶をお願いします」

「はい!」


 堂々と答えて立ち上がったのはクラウディアだ。このハレの日のために華やかなリボンで髪をまとめて少しだけおしゃれをしている。


「それでは……僭越ながら、わたくしクラウディア・ディンケルが皆さまを代表してご挨拶をさせていただきます。まずはこの一年、共に勉学にはげんできた仲間たち。卒業おめでとう!」


 そう言って、クラウディアは会場を見渡した。周り中がすべて敵だと見えていたような以前の姿はそこには無い。


「この一年で、私たちは沢山の事を学びました。明日にでも私たちはこのへーレベルクの為に働くことが出来るようになったと私は信じています。そして私たちがこの商人ギルドの学校で学んだ事は知識だけではありません。共に手を取り合うこと、そしてそれがより素晴らしい発展に繋がるということを私は学びました。ここにいる皆は仲間です。卒業後もそれは変わりません。どうか、今後も手を取り合ってまいりましょう」


 そこまでを一気に行った後、すうっと大きくクラウディアは息を吸った。そして今日一番の笑顔で締めくくった。


「以上を持ちまして、卒業の言葉とさせていただきます」


 会場は割れんばかりの拍手に包まれた。俺も隣のアレクシスも惜しみない賛辞の拍手を贈る。みなそれぞれの思いを胸に卒業式は終了した。


「よお! ルカ、今日でお別れだな」

「なんか全然そんな感じしないんだけどね」


 講堂を出てすぐに駆け寄ってきたのはラファエルだ。


「まぁでも、仕事もあるから以前みたいに自由にはできないさ」

「ラファエルは家を手伝うんだよね」

「ああ。使いっ走りからスタートだ」

「そうなの!?」

「……なんだその顔は」


 俺は驚いて変な声をあげてしまった。このプライドの塊のようなラファエルが使いっ走りから商売を学ぶって……大丈夫だろうか。


「下から見た方が、色々見えてくる。エーベルハルト商会の発展の為に必要な事だろ」

「そっか……偉いね」

「それにな、父様の仕事を手伝おうと思ったら二年ばかり家に閉じ込められてしまう。まだ僕も十歳だからね。そんなのはごめんだから。机の上より現場が知りたいんだ僕は」


 ラファエルはそう言うと俺に右手を差し出した。その手を俺は強く握った。


「それじゃあ、ルカ・クリューガー。元気で」

「ああ。また会おう」


 くるりと踵を返してラファエルは去っていった。その背中を見送っていると隣にいたアレクシスがぽつりと漏らした。


「俺も一番下っ端からスタートだ。どうなる事やら」

「アレクシスも新生活か……」

「冒険者ギルドは血の気の多いやつがそれなりにいるからな。冒険者としても俺は中途半端だったし」

「苦労が多いね」


 俺が下からアレクシスを見上げると、クスッと笑って彼は付け加えた。


「悪いことばかりじゃないさ……例えば」

「ん?」

「受付が美人ばかりだ」

「……そう」


 責任感もあって腕力だけじゃなくて世渡りもそこそこできるアレクシスの事は実はそんなに心配していない。愚痴をいいながらなんだかんだ上手くやっていくだろう。


「あ、クラウディア。代表の挨拶お疲れ様」

「ルカ君。ええ、もう本当に緊張したわ」


 一足遅れて講堂から出てきたクラウディアにも声をかける。彼女は胸元に手をやってふうっと大きく息を吐いた。


「ご両親から仕事の許可はおりたの?」

「もう半分諦めたって感じね。今でもあちこち口出しているから。それが大手を振ってできるってだけよ」


 以前、ディンケル商会を訪ねた時の事を思い出した。クラウディアは自分のとこの商品の種類や産地や出荷の状況をきっちり把握していたものな。

 きっとクラウディアの両親からしたらこの商学校でいいお婿さん候補でも見つけてほしかったのだろうけど……こっそり俺が盗み見てしまったクラウディアの秘密の恋が無事成就することを祈るばかりだ。


「ルカ君のところとはもっと取引が増えると思うわ、よろしくね」

「うん、そうなるようにこっちも頑張るよ」


 大きく手を振りながらクラウディアも去っていく。


「さ、帰ろうか」

「ルカ、本気か?」

「ん?」

「教室に戻ってみろよ、わかるから」


 アレクシスの言う通り、俺が教室に戻るとみんなわっと俺を取り囲んだ。


「ルカ! このクラスの代表がやっときた!」

「えええ!?」

「ほら、みんなに一言を」

「そんないきなり……」

「簡単でいいからさ」


 まじか。何にも考えていないぞ。クラスメイト達の無茶ぶりに慌てつつ……一つ咳払いをして口を開いた。


「みんな、今日までありがとう。えっと……これから大変な事もあるかもしれないけど、相談すればなんとかなるかもしれないし、ほらうち食堂もやってるからよかったら来てください」

「ルカ、自分ちの宣伝かよ!」


 つっこみの声と笑い声を浴びつつ、誰かが持ち込んだサンドイッチや菓子をつまみつつおしゃべりをしながら俺の……俺たちの卒業の日は終わりを迎えた。

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