番外 道端の花
1.百合
村の教会の鐘が鳴る。その音をあたしはぼんやりと聞いていた。
「ほら、ユッテ。最後のお別れを言いな」
「うん……おかあちゃん、おとうちゃん。……さよなら」
あたしの声を合図に棺が閉じられる。深く掘られた墓穴に次々と土が投げ入れられる。棺も供えられた花も、すべて土に覆われていく。
「……っ! いやだ! やめてうめないで」
「ユッテ! 危ないよ!」
墓穴に近づいたあたしを隣のおばさんが抱きしめた。その腕の中で、あたしは体から水がなくなってしまうくらい……泣いた。教会の鐘が鳴る。曇った空に響き渡る。
――村中を急に襲った流行病。司祭様の力も及ばず、おとうちゃんもおかあちゃんも相次いで倒れた。
「ユッテ……ごめんね……」
「おかぁ……ちゃん……いかないで……」
弱々しく握った手から力が抜けて、冷たくなっていく。膜の張ったように何にも考えられなくて、お隣さんが様子を見に来るまであたしはおとうちゃんとおかあちゃんの亡骸と一緒にぼんやりと過ごしていた。葬儀までの記憶が曖昧だ。
それから、慌ただしく家と畑を処分してほんの少しの荷物だけが手元に残った。おかあちゃんがいつもしていた飾り帯やとうちゃんの付けていたブレスレット。そして少々の着替え。あとは全部金に換えた。
「……」
「ユッテ、気を付けて行くんだよ」
隣のおばさんがあたしの手をぎゅっと握る。あたしはこれからおとうちゃんの従兄弟が住んでいるというヘーレベルクという街へ行く。とても大きな街だと聞いた。
「うん、だいじょうぶ。心配しないで」
その街へは、村を通りかかったヘーレベルクの街に向かう行商人の荷馬車に同行させてもらう事になった。そこまでの段取りを村の人総出でやってくれたのだ。感謝をしなければいけないのだろうけど、あたしの胸の内は不安で一杯だった。
「お嬢ちゃん、これお食べ」
「……ありがとうございます」
道中を共にした行商人のおじさんはとてもいい人だった。ゆったりと荷馬を操りながらオレンジを半分に割ると私に投げてよこす。そんな風にすごした数日後、見た事もない大きな石の壁が目の前に迫ってきた。
「これが……ヘーレベルク」
「ようやく着いたな。お嬢ちゃん、ここでお別れだが大丈夫かい?」
「はい、えいへいさんにてがみをみせればばしょは分かります。ありがとうございました!」
門の所で行商人のおじさんと別れると、絶対に無くさないようにと胸元の小さなポシェットに折りたたんだ手紙を衛兵さんに見せる。あたしはまだ字が読めないけれど、村の人の言うには親戚の家の場所が書いてあるはずだ。
「ほうほう、ここに行きたいのか」
「お嬢ちゃん、小さいのによく来れたね。この辺は道が入り組んでいるから……どれ、案内してあげよう」
衛兵さんはとても親切だった。おとうちゃんとおかあちゃんをいっぺんに亡くして、もうこれ以上悪いことなんてもう起こらない……そう、思っていた。そこまでは。
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