14話 卵の宴(後編)

「へぇ、アレクシスはもう職員になる手続きを進めているんだ」

「ああ、一般の職員と同じ扱いにしてくれと言ったから、多分雑用からだな。問題は親父が誰だか思いっきり顔バレしてるって事だ」

「うーん、辛抱だねぇ」

「ああ、覚悟の上だ。経験を積んだら買い取り品の部署に行ってみたい。そこが一番、商学校の知識が生かせるしな」


 食後のお茶を飲みながら、それぞれの将来を語り合う。アレクシスの進路はもうかなり具体的に決まっていた。


「私は卒業したらもっと本格的に、ディンケル商会の事業に取り組むつもりよ」

「僕もだ。どうも父様は頭が固い。冒険ってものをしないんだ」

「あら、商売には慎重になる事も必要よ」

「それはそうだけど、それじゃ現状維持にしかならないじゃないか」


 ラファエルとクラウディアは次代の経営者としてやりとりをしている。総合卸みたいなエーベルハルト商会。食品特化の専門商社みたいなディンケル商会。同じ様に見えても、目指すものはそれぞれ違うんだろう。


「私、商学校の勉強でうちで扱いのない食品の知識が随分ついたわ。うちに取り扱いのない商品も充実させて行きたいの」

「ぼくも食肉の授業が一番楽しいや。契約魔法が一番苦手」

「ああ……ちょっとした職人技よね、あれは」


 少々話は脱線しつつ弾んでいる。クラウディアとそんな話をしながらお茶のお代わりを注いでいると、ラファエルが会話に割り込んできた。


「なんだ、僕は契約魔法が一番楽しいけどな。あの文様を見ていると芸術的だと思うんだけど」

「そんなのラファエルだけじゃないか? 俺もあれは苦手だ」

「流麗な契約紋を書けるとハクがつくぞ。好き嫌い言ってないで最低限身につけないと。マナーとしてな」


 マナーと聞いてジギスムントさんが契約紋を書いた時の所作が頭の中に浮かんだ。確かにかっこよかったし、いかにも頼りになりますって感じだったなぁ……。


「もうすぐテストだし、おさらいもしないとね」

「そうそうテスト……ん?」

「え?」

「テスト……なんてあったっけ」

「いやだルカ君、もうすぐ卒業テストよ!?」


 嘘。そんな事言ってたっけ……。ああでも、ほんとここんとこ売店にかかりきりだったから……。


「やった、次の1位は僕ものだな」

「なに言ってるの? 1位は私よ」

「ルカ……まだ半月ある。俺と図書館に行こう」


 すっかり忘れていた期末テストのせいでテンション下がったけど、なごやかに宴は終わりを迎えた。あーあ、明日から猛烈に試験勉強しなきゃ……。




「何? 試験の過去問? ありませんねぇ! あっても出しませんけどねぇ!」


 ちょっとは効率的に勉強できないかとダメ元で例の声のデカい司書さんに聞いてみたが、ダメだった。


「これと、これと、あとこのへん。付箋をつけておきますねー」

「わわわ……こんなに沢山! 読めませんよ」

「大丈夫! 私、夜までおりますからっ!」

「ひええ……」


 その代わりにと山の様に参考文献を持って来た司書さん。俺どころか座っているアレクシスの頭が隠れそうな位に積み上がった本と格闘しながら、勉強に励んだ。




「ルカ、すごい顔色だぞ」

「え……」

「ほんと! クマができてるよ」


 へろへろになって学校から帰ると、ユッテとラウラが俺の顔を見て騒ぎはじめた。そんなにか……鏡がないから分からん。ユッテは売店の方に急いで向かうと小瓶を持って来た。


「ほら、体力回復薬」

「ありがとう……う゛~っ! まずい!!」


 手渡された小瓶の栓を抜いて一気飲みする。はじめて飲んだけど、えらいまずいもんなんだな。これって結構売れるのに。にしてもドリンクでドーピングとかほんと親父臭い。まだ苦みが残る口元を拭いながら、俺はベッドにころがりこんだ。




 そんなこんなで慌ただしく挑んだ試験。その結果がとうとう廊下に張り出された。詰め込むだけ詰め込んだけど、結果はどうだったろうか。日夜俺に付き合って勉強していたアレクシスの顔にもうっすらクマが残っている。


「うーん……」

「ルカ、もう諦めろ」


 つま先立ちでなんとか成績順位を確認しようとしている俺を、アレクシスはむんずとつかんで肩に乗せた。不本意である。


「おっとぉ……やっぱり一位はクラウディアだ」

「首位は守ったか。俺は四位。前回より上がったぞ。苦労した甲斐があったな」

「ぼくは二位だ。よっし、キープ!」

「――そして僕は三位だ」


 下からした声の方向を見るとラファエルが不敵な笑顔で腕を組んでいた。俺がアレクシスの肩から降りると、近寄ってきてこう言った。


「……まぁ順当だな。おめでとう」

「ありがとう」


 おめでとうの言葉に、嫌みな響きは含まれていない。心からの祝福に素直に返答する。


「毎晩遅くまで居残っていたんだって?」

「あ、うんまぁ。あー……司書さんにお礼しなきゃ」

「そんなの後でいいからさ、何か食べに行こう。慰労会だ! ルカのおごりで」


 こいつしれっと適当な事言いやがった。にやにやしやがって。


「え? なんで!」

「だって成績順位2位だろ」

「だったらクラウディアにおごってもらえばいいじゃないか!」

「……ちょっと。人のいない所で勝手に話進めないでくれる?」


 ラファエルと不毛な言い合いをしていると、後ろから頭をガシッとつかまれた。この声はクラウディアだ。


「まったく。いいわよ、私のおごりでケーキでも食べに行きましょ」

「あ、ほんと?」

「クラウディア、ぼくの言うこと本気にしないでいいから!」

「いいわよケーキくらい」


 ふん、と鼻を鳴らしたクラウディアはクルリとアレクシスを振り返った。


「あんたも来るでしょ!?」

「ああ、じゃあありがたく。……しかし男前だな」

「ちょっと! 今なんか余計な事言ったでしょ!?」

「いや……」


 小さなつぶやきをひろってクラウディアがアレクシスに詰め寄るのをなだめつつ、俺たちは食堂に向かった。注文したケーキとお茶を並べてテスト終了の余韻にそれぞれ浸った。俺はこないだラファエルに脅迫されながら食べて味がよくわからなかったキイチゴのケーキ。ああ、甘いものが疲れた脳に染み渡る。


「最後まで1位を取れたわ……これでディンケル商会の手伝いを反対されなくて済むわ」

「……ルカ、そっちのケーキの方がおいしそうだから半分よこせ」

「ラファエル、俺のをやるからルカから取ろうとするな」


 てんでんばらばらに勝手な事を話しながら、俺たちは奇妙な連帯感を感じていた。短い夏が過ぎたら……卒業。俺たちはそれぞれの道を行く。でもその先はこれからも繋がり続けていくのだろう。そんな風に思えた。

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