13話 卵の宴(前編)

「乾杯……なのかな?」

「しまりのない挨拶をするなよ、ルカ」


 アレクシスが呆れた声を出す。いやね、この状況がね……。ここは『金の星亭』の一番広い部屋。広さ故にあんまり大所帯のお客さんの居ないうちでは空室になりがちな部屋だ。

 そちらに机を持ち込んで、俺とアレクシスに……ラファエルとクラウディアがいる。なんだってこんな事になったのか。それは数日前にさかのぼる。




「ルカ、ルカってば! 今日も忙しいのか?」

「あ、いや一応一区切りついたっていうか……何?」

「何、じゃない。この間から飯を食いに行こうって言ってたじゃないか」

「え……そうだっけ」


 うーん、と記憶を辿ってみるが最近は売店のフランチャイズ経営の事で頭が一杯でさっぱり思い出せない。


「ご飯ね。うん、都合つけるけど。ところでアレクシス、急にどうしたの? また親父さんと喧嘩したの?」

「喧嘩はしょっちゅうだけどな……そうじゃなくて、ラファエルとクラウディアから誘われているんだ。あとルカも誘えって」

「えええ……」


 アレクシスなら気軽にどっか飯でも食いに行くのに抵抗ないけど、あの二人か……。だって育ちがいい二人なんだもん。どこにご飯を食べに行ったらいいのか分からん。


「ぼく、あんまりお金はかけられないけど」

「俺もそれは同様だ。とりあえず、ラファエルとクラウディアに相談しよう」

「あ、うん……」


 教室を出て二人を探す。アレクシスと俺とでそれぞれ廊下に居た二人を捕まえた。


「ああ、ちょっと親睦会でもしようと思ったのよ」

「気軽に考えてくれていいぞ」


 クラウディアもラファエルも軽い調子でそう答えた。


「でも一体どこに行く気?」


 そう俺が聞くと、ラファエルは腕を組んで考えこんだ。


「そうだなぁ……そこそこ静かに落ち着いて話が出来るところなら……」

「そういう所って高いんじゃないの?」


 個室接待の店探しに奔走した営業マン時代をふと思い出した。学校の食堂は静かだけど授業後はお茶くらいなら出来るが、食事は出来ない。町場の食堂は手頃な値段の所だとなかなか騒がしい。

 どっかいいところは無いかと頭を巡らしたところで俺の知ってる店は露店の店ばかりだ。そんな時、アレクシスがぽんと手を鳴らした。


「お、そうだ。ルカ、いい所があったぞ」

「ん? 何?」

「お前んとこだよ。『金の星亭』の一室を借りられないかな。料理は下から自分たちで運ぶから」

「え……大丈夫だと思うけど……」


 そっか、それなら個室だしその時間なら他のお客さんは大体食堂か外に出ている。それになにより低コストだ。


「うん、日にちを決めてくれれば抑えておくよ」

「よしまかせた」




 ……という訳で、今。この面子で杯を掲げている訳である。酒を飲んでるのはアレクシスだけだけど。

 前菜には初夏の野菜のサラダ、それからスープ、メインはローストという無難なメニューである。料金はみんなで割り勘でいいと言ってくれたけど、最後にフルーツ盛りのサービスを実は用意してある。せっかくうちを使って貰ったんだし。


「あ、ルカ。あれは無いのか?」

「ん? あれって」

「ほら、ルカが俺に試食させたやつだよ」


 メインの鹿肉ローストを運んできた時にアレクシスがそんな事を言い出した。ああ……『金の星亭』ソースの事か。今では一定ファンを獲得して泊まり客以外でもこれを目当てにやって来るお客さんもいる。


「ちょっと待って、今持ってくるから」


 俺はすぐに厨房にとって返して例のソースを持って来た。アレクシスは嬉しそうにローストにソースをかける。実は気に入っていたらしい。


「それってなぁに?」

「ほら、クラウディア。君の所で買ってる調味料を使ったソースだよ」

「あら……試してもいいかしら。ん、美味しい。あんなに癖が強いのに使い方次第なのね」


 クラウディアは感心したように頷いた。時折、きょろきょろとどこかを見つめたり、目を瞑ったりして、まるでソムリエのように味わっている。


「その調味料、僕も買わせてくれ。うちの料理人に渡してみたい」

「いいわよ。これ、在庫がなかなか捌けなくて困っているのよ」


 うちがこのメニューを大々的に売り出せないのも流通量が少なくてあまり多くを買い付けられないからってのもある。だって高いんだもの。もっと気軽に買えたら他の料理にも使えるし、ラファエルの所で扱いが増えるなら値段も下がるかも。

 メニューの新規性は無くなるけどね。そしたらうちは「元祖」を名乗ろう。固定客はもうついている訳だし。


「……しっかし、親睦ってなんだよ。急にご飯とかいいだしたから何かと」


 身構えていた割にフランクなやり取りに俺がぽつりと漏らすと、ラファエルがくるりとフォークを回しながら答えた。マナーも何もあったものじゃない。


「こういうのかなぁ。ルカ。お前の周りにいると風が吹くんだ」

「風? なんだよそれ」

「バザーの時もそうだし、売店だって……」

「わー! わーっ!」


 それは秘密! ビックリしすぎて裏返った大声が出た。


「表向きは商人ギルドの事業だろ。でも僕とクラウディア、アレクシスにはバレバレだったよ」

「へ……そう……なの?」


 恐る恐る二人を見ると、こくりと頷いた。まじか。


「俺、前にここに泊まったし」

「ルカ君、私が売店の事聞いたら目が泳いでいたもの」

「あああ……」


 情報が漏洩しないように、学校で気を遣っていたつもりだったのにな。俺に隠し事は向いてないって事なのかな……。がっくりと肩を落とした俺にラファエルが話しかけた。


「……と言う訳で、気にしなくていいぞって言いたかったのと」

「と? まだなんかあるの」

「ちょっと真面目な話だ。これから十年後……僕らはそれぞれ責任のある立場になっているだろう」


 くだけた態度から急にラファエルは背筋を伸ばした。十年……たったそれだけで俺達は大人になる。アレクシスなんかは学生をしてるけどすでに成人扱いだし。


「僕は父様の右腕としてエーベルハルト商会を取り仕切っているだろうし、クラウディアは……」

「家督を継ぐわよ」

「……そう。そしてアレクシスは冒険者ギルドの職員をするわけだ。ルカはよくわかんないけどな」

「宿屋の店員だと思うよ」


 そう答えた俺を、非常に胡散臭そうな目でラファエルは見た。うん、俺ももう何屋さんだかちょっと分からなくなっているけど。


「……うん、まぁいいや。つまりここにいる面子で、将来のヘーレベルクの小さな経済が出来上がっているって事だよ」

迷宮ダンジョンの産物の管理をアレクシスがして、それをラファエルやクラウディアが買って、ぼくが宿屋で料理して、それを食べたお客さんが迷宮ダンジョンに潜る……って事か……」

「そう。おもしろくないか? だから一度こうやって食事くらいはって思ったんだ」


 そういうラファエルの目に卑屈な色は無い。出会ってから一番変わったのがこいつだと思う。そうかぁ。人の関わりは時間と共にこんなにも移ろいゆく。


「いいね。たまに機会を設けて集まろう」

「ルカ。それじゃもう一回乾杯をしよう。今度はしっかりな」

「うん、アレクシス。そうだな……これからヘーレベルクを担う卵達の未来に」

「乾杯!」

「乾杯!」


 最初のしまらない挨拶と違って、勢い良く杯がカツンとぶつかり合った。こうして小さなビジネスマンの卵たちの宴は続いたのであった。

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