2話 おっさんの苦悩

「まぁまぁ、これは立派だねぇ!」


 農家の使いっ走りの少年が持って来た肉厚のキノコを手に、リタさんは嬉しそうに声をあげた。


「これと、ああ……葡萄もいいね」

「まいどあり!」


 今夜は秋の実りが、お客さんと俺達の腹に収まりそうだ。木箱に収まった野菜を厨房に運ぶお手伝いをして、夕食の仕込みが始まる。


「すみませーん」


 さて、何から手伝おうかと考えていると出入り口から声がする。母さんがパタパタと応対に向かった。はて、お客さんだろうか。ひょいと顔を出して覗くと軽装の冒険者っぽい若者がいた。


「手紙……ですか?」

「ええ、こちらにゲルハルトさんという泊まり客がいるはずだと聞いているのですが」

「仕事にでていますけど……ではこちらでお預かりしましょう」


 ゲルハルトのおっさんに手紙? ラブレター……ではないよな。何だろう? 俺は野次馬根性を押し殺せないまま、夕方おっさんが帰ってくるのをソワソワと待った。


「おぅーい、帰ったぞう」

「お帰りなさい、ゲルハルトさん!」


 いつものようにのんびりと帰ってきたゲルハルトのおっさんを駆け足で出迎える。


「なんだ? 坊主、なんかあったのか」

「ゲルハルトさんに手紙がきてますよ!」

「……手紙?」


 預かっていた手紙をゲルハルトに差し出すと、まるで身に覚えがない……といった感じで受け取った。そのまま装備も解かずに暖炉の前の椅子に腰掛けて手紙の封を切る。おっさんは綴られた文字をじっと目で追って行くうちに、だんだんと険しい表情になっていった。


「……ゲルハルトさん、どうしたの?」

「いんや、なんでもない。どうってことないさ」


 どうってことない? でも手紙なんて他のお客さんにもめったに届いたりしないし。中身はどうしても伝えたい事なんじゃないの? 俺が不思議に思っていると、ゲルハルトはそのまま手紙を暖炉の火に放り込もうとした。あわわわっ。


「……ふむ」

「おい! マクシミリアン! 何すんだお前!」


 間一髪、燃やされそうだった手紙を後ろから取り上げたのは父さんだった。ゲルハルトの抗議の声を無視して手紙の中身に目を通している。……お客さんのプライバシーは? とも思ったけど、この二人は古くからの知人みたいだからなぁ……。


「行ってやれよ」

「けっ、今更どの面さげて顔出せるって言うんだ」


父さんの言葉にゲルハルトのおっさんはふてくされた様に答えた。……話が見えない。


「ねぇ、父さん。何があったの?」

「こいつの娘さんが、結婚するから式に来てくれ……だと」

「むすめっ!?」


 やばい、変な声が出た。娘? この冴えないおっさんに? 驚きの目で俺がゲルハルトを見ると、彼は露骨に嫌そうな顔をした。


「……坊主、俺に娘がいちゃ悪いか」

「い、いえっ! いいと思います!」

「って言ってもよ。こんな稼業を続けて女房に愛想つかされて、もう何年も会ってもいねぇからな。他人みたいなもんよ」


 おっさんはため息とともに右手を突き出した。


「マクシミリアン、いいかげん返せ」

「そんなんでいいのか?」

「はぁ?」

「……強がりばかり言っていると……後悔するぞ」

「それこそ、余計なお世話ってもんだね」


 ゲルハルトはそう言って父さんの手から手紙をもぎ取ると、部屋に引き上げて行った。そしてそのまま夕食にも降りて来ず、夜が更けていく。父さんは二階の客室を見上げてため息をついた。


「はぁ……まったく」

「父さん、ゲルハルトさんの娘って遠い所にいるの?」

「いや……ここから、半日くらいで着く村だ」

「本当に行かない気かな……」


 細かい事情はわからないけれども、疎遠になっていた娘さんの結婚式かぁ。行き難い気持ちは分かるけど……何より本当にどうでも良かったら、こんな風に部屋に引きこもったりしないだろう。


「……ここは一芝居打つか」

「んんん!?」

「なんだ、ルカ」


 父さんから! 裏も表もないような父さんから芝居って言葉が出たよ! 俺が目をひんむいて父さんを見つめると父さんはニヤッと笑った。


「ルカ、協力してもらうぞ」

「……ぼく?」




 数日後、『金の星亭』の横に幌馬車が横付けされた。借りものの馬車だ。父さんが御者台に乗り込む。


「すまんな。またルカがわがままを言って」

「お前は本当に息子に甘いな」

「よろしくね……ゲルハルトさん」


 父さんは冒険者ギルドを通じて、ゲルハルトさんに護衛依頼を出した。名目は新しい家具を隣村まで取りに行く、俺がそれに同行すると言い張った……という筋書きだ。少々苦しいような気もするけど。家具屋なら街中にあるしな。

 訝しむゲルハルトのおっさんを「その方が安く済むんだ」となんとか誤魔化した。父さんの計画は穴だらけなんだよ。

 馬車の荷台に乗り込みながら端っこをチラリと見る。そこには箱がひとつ積んであって、中身は――晴れ着だ。俺のは制服だけど。


 馬車は、市壁の門を抜けると急にスピードを上げた。道ばたの小石に車輪がガタガタ行ってもお構いなしに進む。あ、痛った! お尻が。俺のお尻への配慮もなく馬車は進む。進むうちにゲルハルトさんの表情が怪訝になっていく。


「おい! マクシミリアン! 止まれ。こっちは隣村じゃねーぞ」

「悪いが、そういう訳にはいかないな」

「どういう訳だ!」


 荷台から、ゲルハルトが叫ぶ。父さんはそれを一蹴した。


「まさか……てめぇ、担ぎやがったな!」

「そのまさかだ!」


 馬にムチを入れるとさらに速度が上がる。舌を噛まないよう苦心しながらも、馬車はゲルハルトの娘さんの住む村へとたどり着いた。


「冗談じゃない。俺ァ、帰るぞ!」

「ゲルハルトさん、折角来たんだし……」


 ゲルハルトさんは怒り心頭といったところだ。完全にだまし討ちだもんな。おっさんは父さんに食ってかかる。その時、甲高い女性の声が響いた。


「お父ちゃん!!」

「……エルナ」

「来てくれたんだね!」

「いやぁ……その、これは……」


 そう言って飛びついたのは細身の巻き毛の女性だ。鮮やかな花嫁衣装に身を包んでいる。この人がゲルハルトのおっさんの娘か。なかなか美人じゃないか。このおっさんの血を引いているとは思えないね。


「ほら、着替えてこい。式に間に合わなくなるぞ」

「……マクシミリアン」

「お父ちゃん、いつも仕送りありがとうね。今日はいっぱいご馳走用意してあるから楽しんでいってね」

「お、おう……」


 父さんが荷台に積んでいた晴れ着をゲルハルトに手渡した。――おっさん、仕送りなんてしていたのか。


「お父ちゃんこっち! 母ちゃんだって待ってるんだから!」


娘さんに引きずられて行くゲルハルトを見送って俺達も幌馬車の中で着替えて、村の教会へと向かった。


「おめでとう!」

「お似合いだよ!」


 村中の人達の若い夫婦の誕生を祝う声が飛び交う。そんな中、神妙な顔をしたゲルハルトのおっさんと奥さんと思われる中年女性が前列に並ぶ。

 司祭様の祝福を受けて、晩秋の秋空の下、無事に結婚式は終了した。そのあとは宴会だ。杯を交わして、賑やかに宴は続く。


「ゲルハルトさんおめでとう」

「坊主……ああ……」

「来てよかったろ」

「マクシミリアン、てめぇは覚えてろよ」


 ゲルハルトのおっさんは酒の回った赤い顔で父さんに凄んだ。ただ……顔はだらしなくゆるんでいる。


「――ちくしょう、ありがとうな」

「……家族は……いいものだからな」


 宴も終わり、俺達は再び馬車に乗り『金の星亭』に帰還した。なごり惜しげに見送るゲルハルトのおっさんの家族を後にして。


「ゲルハルトさん、一緒に村に住めばいいのに」

「馬鹿野郎、今更になって生き方を変えられるかよ……体が動くうちはな」

「ふーん」


 おっさんはまだまだうちのお客さんでいるみたいだ。それにしても……父さんとゲルハルトのおっさんの晴れ着姿! ピシッと上着を着込んじゃってドレスアップしているんだもの。ちょっと笑いを堪えるのが大変だった!

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