12話 願い事は
翌日、学校に行くとクラスはソワソワとした雰囲気に包まれていた。クラスだけでは無い。廊下で行き交う生徒たちも何か窺うような素振りで目配せをしあっている。バザー当日まではこんな感じが続くのだろうか。
「ルカ、どうだった? 作り方は教えて貰えそうか?」
俺が席につくと、さっそく隣の席のカールが聞いてきた。
「それ、何とかなりそうだけど、ちょっとみんなに相談したい事があるんだ。放課後に集まろう」
「あ、ああ……」
昼食時は他のクラスの目がある。みんなに相談は放課後までお預けだ。早く終わらないかな、なんて俺自身も落ち着かない気持ちで授業を終えた。
「で、相談ってなんだ?」
授業が終わるとカールをはじめとしたクラスメイト達に囲まれた。圧迫感がすごい。
「あのさ、作り方を教えて貰うのは無理そうなんだ」
「そうか……どうしても難しいか?」
「でも! 代わりに作って貰うのは頼めるから」
「どういう事だ?」
「これを作ったのはね、元はスラムに住んでた子なんだよ。今はうちで働いてるけど」
俺はクラスメイトを見渡した。思い出すのはユッテと出会った当初、教会の炊き出しの様子をディアナが見せてくれた時だ。住む世界が違うのだ、と彼女ですら諦めたように言った。ましてここにいるのは、不自由なく裕福に育った子供達だ。
「だからね、そのスラムの子達に加工をお願いする」
「……大丈夫なのか?」
「加工の手際の話なら、ぼくらがやるよりずっと上手だよきっと。逆に聞きたい。みんなは大丈夫?」
誰だって、知らないものは怖い。ユッテが連れてくる子なら変な心配はいらないだろうってまだ俺は思えるけれど、ここにいるみんなは喋った事も無ければ、下手したら見た事も無いかもしれない。
「他に選択肢が無いならしかたないさ。そうだろ?」
「ああ、そうだな」
みんなの反応に身構えていた俺だったが、案外あっさりと受け入れられた。……こいつらならもっと忌避感を表すかと思ったのだけど。
「そう、それから加工場を誰かに提供して貰わなきゃならないと思うんだけど」
「確かにな。学校で作業をしていたら丸分かりだもんな……」
「よし、うちの倉庫の一角を使えるようにしておこう」
昨日、皮の仕入れを都合してくれると言った生徒が手を挙げた。
「おお、それなら運ぶ手間も省けるな。頼むぞ」
加工場に関してはトントン拍子に決まった。後残っている問題は……。
「あとは教会へ祈祷をお願いに行かないとね」
「あまり大人数でも目立つな」
相談の結果、教会へは俺とカール、それから教会への祈祷を提案したマルコの三人で向かう事となった。商学校を出て、さほど距離もない教会へと向かう。
「マルコはどうして教会での祈祷なんて思いついたの?」
「ああ、たまにうちのお客様で出来上がった宝飾品に効果をつける人もいるんだよ。そういう時はこちらで手配をするから」
「そうなんだ……例えばどんな?」
「……それはちょっと言えないな」
そういう場合はどういう効果をつけるのか、ちょっと気になったけれどやんわりと断られた。プライバシーの問題か……それともとんでもない効果だったりするのか……。
教会に着くと、丁度出入り口の扉にシスター・マルグリットがいた。久々なのはほんのちょっとだけのはずだけども、なんだかとてもなつかしい。
「先生!」
「まぁ、ルカ君どうしたの? 久し振りね!」
シスター・マルグリットの元に駆け寄ると、ギュウっと腕を広げてハグされた。
う、うん。修道服に包まれた……立派なシスター・マルグリットの立派なものが顔面に。身長差ゆえの特権だ。ええ、幸福ですよ。幸福なんだけど……待って、ちょっと! クラスメイトも着いて来ている。
「……先生、あのっあのっ」
「ソフィーちゃんのお迎え? まだ居るはずだから呼んでくるわね」
「違うんです、ほらカール、マルコ!」
ポケーっと突っ立って俺達の様子を眺めている二人に声をかけた。
「ああ……あの、司祭様にご相談がありまして……」
「あら、では案内しますね」
はっとしたマルコが、本題に入る。シスターは知っているけど俺は司祭には面識ないからな、頼むぞ。俺達はシスター・マルグリットの案内で教会の奥の部屋へと向かう。初老の男性が机でなにやら、書き物をしていた。
本当なら俺が入校の推薦状を頼むべきだった相手だ。シスターが俺達が相談に来た旨を伝えると彼はくるりとこちらに向いた。彼女も退出する事なく、その場に留まってくれている。少し心強い。
「商学校の生徒さん方、相談とは?」
「実は……バザーの商品に祈祷をかけて頂きたいのです」
「ほう」
「こんな感じのブレスレットを売るのですが……」
マルコが俺の腕を掴んで司祭の目の前に持っていく。
「どのような祈祷をお望みなのでしょうか?」
「その……『願い事が叶う』効果をつけられないかと」
「『願い事』、ですか」
俺達の要望を聞いた司祭の顔が曇る。難しい事なんだろうか、とシスター・マルグリットを見ると彼女は眉を下げて肩をすくめて代わりに答えた。
「『願い事』の範囲がね……、どんな願い事をかけられるかも分からないでしょう?」
「ああ……」
ほんの些細な幸運を願う物ならともかく、悪い事を考えない人間がいない訳じゃない。それはもうおまじないグッズの域を超えて……呪物だ。
「んー、そんな大層なものでなくて構わないのですけど」
「そうねぇ……どうしましょうかしらねぇ、司祭?」
首をひねる司祭とシスター。俺も何かないかと頭を巡らせる。こう、ブレスレットに欲しいのはちょっとした付加価値で……例えば日々のちょっとした心の支えになるお守りくらいなんだよね。
「あの! じゃあ、こんなのはどうでしょう。『願い事が叶ったら切れるブレスレット』」
「切れる……だけでいいの?」
「はい、ほんのおまけくらいのつもりですし……それに正直、あまり費用も出せないんです」
「それくらいなら、無料で請け負いましょう。教会の寄付に回される訳ですし」
「本当ですか!?」
かまいませんよ、と司祭は微笑みながら頷いてくれた。
「ルカ、良かったな」
司祭の部屋を出るとカールがトンっと俺の背中を叩いた。
「ああ、その分仕入れとスラムの子たちの手間賃にまわせるね」
俺達がほくほくしながら教会の出口に向かうと、ぶんぶん手を振っている人影がいる。
「おにいちゃーん!!」
「ソフィー、まだ居たのか」
「うん、一緒にかえろ!」
金髪のお下げを揺らしながら俺に飛びつくソフィー。ごっふ、勢いがみぞおちに。
「ルカの妹か?」
「そうだよ。ソフィー、クラスメイトのカールとマルコ」
「こんにちはー。ソフィーです! 5歳です!!」
「へぇー、可愛いなぁ」
元気に挨拶されたカールとマルコは、それぞれ笑顔のソフィーの頭を撫でた。うんうん、うちの妹は可愛い。お転婆だけど。ソフィーは今度は俺に飛びついた勢いのまま二人の腕にしがみつきながら聞いた。
「ねぇねぇー! 二人とも、おにいちゃんのおともだち?」
「そうだよー俺がカールでこっちがマルコ」
「そっかー! なかよくしてね!」
「本当に可愛いねぇ」
……アレだよね? それ子猫とか子犬とかの可愛いだよね? ダメだぞ! 十年早い! いや待てよ……十年たってもソフィーは15歳……いやいやいや、十年たってもまだ全然ダメだ!!!!
「ソフィー帰るぞ!」
「えー? おともだちは?」
「いいからっ、じゃーな! カール、マルコ! また明日な!」
俺は怪訝な表情のソフィーの手を引いて、足早に自宅へと戻った。ソフィーは変な顔してたけど、いいんだ分からなくて!
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