11話 連なる輪

「例えば……女の子向けの商品にする」

「お……女の子……」


 教室の空気が固まった。なんだお前ら急にもじもじして。思春期かよ。……あ、思春期だわ。


「女の子が嫌なら、別で考えるよ」

「いや!……いや、その……なんだって女の子なのかって」

「言ったろ?他と客が被らない為だよ。ま、極端だなとは思うよ。でもそれくらいしないと差が出ないかなって」

「……そうか」


 他に案が出るなら、そっちの方向で何か考えようとも思うが別案の声は出なかった。ならこのまま進めてもいいか。俺もまるで当てが無い状態で案を出した訳じゃない。


「女の子向けって言ったらどんなものがいいかってとこだけど……こんなんはどう?」


 俺はみんなに向かって腕を突き出した。その手首にあるのはユッテとソフィーから誕生日に貰ったブレスレット。女性をターゲットにして、こちらで加工をするなら簡単な装飾品とかがいいかと思って。


「それか?」


 力仕事に徹すると宣言してから黙っていたアレクシスが口を開いた。


「それ、冒険者がつけているやつだろ? そんな物、普通の女の子は買わないだろ」

「うん、だから付加価値をつける」

「付加価値?」

「そう、願い事が叶うブレスレットですとか言って」


 好きだろ、女ってそういうの。と思って提案したが、クラスメイトはドン引きしている。……何がいけなかった?


「ルカのしているブレスレットはそういう効果があるのか?」

「へ? ないよ。ただのブレスレットだよ」

「それは……ちょっと……」


 アレクシスですら、頬を引きつらせている。


「ルカ、効果の無い護符を人に売りつけるのはまずい。バザーでなくてもな」

「は……」


 これは価値観の違い、いや常識の違いか。そうだ、魔法の道具もあるんだ。お守りは気休めじゃない、ちゃんと効果が求められるのか。なら普通のブレスレットとして売るしかないな。名案だと思ったんだけど、詐欺はいかん。


「教会で祈祷をしてもらったらどうかな、ほら教会の寄付が目的なんだし」


 ひょろっとした一人の生徒がそう発言した。


「祈祷?」

「そう、祈祷料はとられるだろうけど……」

「マルコ、そりゃいいな」


 このひょろひょろはマルコっていうのか。他の生徒たちから賛同の声があがる。教会の学校にお世話になっておいてなんだけど、教会が何してるんだか俺はいまいち知らなかった。それこそ、炊き出しをしているのを見かけたくらい。宿屋は年中無休、通う習慣は無かったもんね。


「マルコ、教会で祈祷をしてもらえばそういう効果がつけられるの?」

「相談してみないと分からないけど……あと女性向けにするならもっと華奢な物にした方が売れると思うよ。色も華やかにして」

「詳しいね」

「うちは、装飾品を扱っているから。なんとなく。皮じゃなくて宝石とかだけどね」

「じゃあ、皮製品の加工は?」

「……専門外だね」


 残念、加工までは頼れないか。ちょっぴり落胆したが、代わりに周囲から手が挙がった。


「皮の仕入れなら、うちで都合できるぞ」

「うちも糸とかなら協力できる」


 ありがたや。仕入れ面ではそれなりに優位を保てそうだ。あとは加工……の指導。当てはある。あるけど、果たして快く応じてくれるだろうか……ユッテは。俺が家の仕事を抜けている分、彼女に負担がいっているのは分かってるんだよ。だからちょっと言いにくい。


「じゃあ、これを作った子を知ってるから作り方はその子から習うという事で。でもちょっと手間賃は貰うかもよ?」

「ああ。仕入れは任せろ」


 事後承諾になる事に内心冷や冷やしながら俺も胸を叩いた。これまで、知り合い同士で塊になっていただけのクラスが初めて一つになった感じがした。




*****




 帰宅後、俺は夕食時の手伝いをしながらチラチラとユッテを盗み見ている。あの皿を下げ終わったら、あの注文をとり終わったら……なんて事をしているうちに店じまいの時間となった。とうとう切り出すタイミングが分からなかった……テーブルを拭きながら自問自答していると、ズンズンとユッテが近づいてきた。


「おい、ルカ。あたしに何か言いたい事があるならさっさと言え」

「うあっ……、ばれてた?」

「そりゃあ、様子がおかしいもん」


 俺、普段は学校から帰ったら、ユッテ相手に復習代わりに学校の話してたりするもんな。今日に限って変にだんまり決め込んでるもんだからユッテも不審に思ったらしい。


「ちょっと……ユッテにお願い事があって……」

「お願い事?」

「ユッテも忙しいだろうから、ちょっと頼みづらいかなぁ……なんて」

「なんだよ、言ってみろよ」


 ユッテは食堂の椅子を引くとどっかりと座った。俺も傍の椅子を引き寄せてちょこんと座る。


「学校でバザーがあるんだ。売り上げを教会に寄付するんだけど。そこでブレスレットを作って売ろうって話になったんだ」

「ブレスレット? ルカにあげたようなやつか」

「うーん、ちょっと細めに色とりどりにして女の子向けにしようかと」

「……それで?」

「それを、クラスのみんなで作るんだけど……ユッテに作り方を教えて貰えないかって」


 それを聞いたユッテは眉を寄せた。頭の中で色々計算でもしているのだろうか。


「もちろん手間賃は出すよ」

「金が出るのか」

「そんな大金じゃないけど……」


 ユッテは顎に手をやって考えはじめた。なにやら口の中でぶつぶつ呟いている。ひとしきりそうやっていたら考えがまとまったのか顔を上げた。


「ルカ、ブレスレットを作るのはいいよ。引き受ける」

「本当?」

「でも、作り方を教えるのは……いくつ作るのか分からないけど」

「それはこれから決めるけど、けっこうまとまった数になると思う」

「それをルカの学校のおぼっちゃま達にご指導するのはごめんだな」


 自分でやった方が早いって事だろうか。でもユッテは『金の星亭』の仕事もあるし、売店の店番もあるしで多忙だ。だから作り方だけ教えて貰って、あとは自分たちで何とかしようと思っていたんだ。


「ルカ、あたしからお願いがある」

「……え?」

「聞いて貰えると嬉しい」


 そう言ってユッテは薄く笑った。そうしてユッテは自分の考えを話しはじめた。


「あたしは作り方は知ってるけど、仕事があるから手が回らない」

「うん」

「だけどな、作り方をよく知っていて仕事のない連中なら沢山知ってる」

「……ユッテ、それって」

「そう、あたしがいたスラムの仲間たちだよ。どうせならそいつらに加工をお願いして貰えないかな。つなぎはあたしがするから」

「……うん、相談してみるよ。手間賃はどれくらい必要かな」


 売り物にするんだ、素人の手より馴れた人間の方が当然いいだろう。問題はおぼっちゃん達の反応かな……ああ、あと加工をどこで行うかもだ。ユッテ一人なら教室で……とも思ったけれども、そもそも他のクラスのに知られたりする事も考えたら別の場所で作った方がいい。また明日、学校で色々と話し合わないといけないな。


 夜、ベッドの中でノートに課題をまとめながら、面倒になると自分で言ったものの本当に面倒だとため息を吐いた。まぁ、言い出しっぺは俺だからな。どうせなら他のクラスとなるべく差をつけてやろう。そう思いながら眠りについた。

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