10話 バザー!

 学校生活もようやく、一月。秋も深まり、青かった木々の葉も枯れた色に変わってきた。


 以前、食堂で会った唯一の女子生徒、クラウディアはやっぱり食肉の選択授業が一緒だった。授業の中でお経のように繰り返される「美味」だの「希少」だのいう食肉の種類を書き留めつつ、クラウディアの様子を窺う。


 彼女は教室への移動も一人きりで、誰とも喋らず、他の生徒などまるで存在していないかのように振る舞っている。

 それと対象的に他の生徒達からは熱い視線が注がれている。でも、俺に向けられている「なんだこいつ」っていう視線とはまた違う気がするんだよな……。


「そりゃ、そうだろうな」

「どういう事さ?」


 授業後、隣に座っていたアレクシスに疑問をぶつけるとそんな風に返ってきた。


「ぼくにも分かるように説明してよ」

「うーん、つまり彼女はディンケル商会の一人娘な訳だ」

「ふーん」

「……分かってるか? 彼女とお近づきになりたい連中は沢山いるのさ。あわよくば婿にでも、ってな」

「……ああ!!」


 アレクシスは本当に大丈夫か?というような顔をしている。そうか、婿ね。無事、彼女を射止めればいずれ大商会の会頭として華々しくデビューできるって訳だ。

 ……でも、そんな打算が通用する相手かな? 少なくとも彼女は自分で采配を振るえるように研鑽を積んでいるように見えるけど。でなきゃ、学校なんか通わずに家に引っ込んでりゃいいんだから。




*****




「バザー?」

「ええ、クラスの交流も兼ねてバザーを行います。仕入れの予算は金貨1枚。売り上げは教会への寄付となりますのでみなさん頑張って下さいね」


 教室に戻るとベルマー先生からそんなお達しがあった。そんなイベントっぽい事もやるんだなぁ。教室はざわざわとしている。


「みなさんには市場の一部に露店を出して、物品を販売して貰います。何をどう売るかはクラスで話し合いで決めて下さいね」


 先生が教室から立ち去ると、教室内のざわめきはより遠慮がなくなった。自然に輪になって、何をするかの相談が始まる。


「毎年、どんな事してるの……ええと名前なんだっけ」

「カールだよ……俺の兄貴の時は古着を仕入れて格安で売ったって聞いたけど」


 横の……以前ノートを取られたそばかすの生徒に聞いてみた。隣の生徒の名前も分からない。うん、これは確かに交流が必要だな。


「ほかのクラスには負けられないぞ」


 一人の生徒からそんな声が上がり、周りも頷く。


「でも、バザーなんでしょ? 競争じゃないんだから」

 俺は学校のバザーという事で、不要品を持ち寄った会場を想像したが、カールは首を振った。

「バカ、ここは商人ギルドの学校だぞ。建前はそうでも結局そうなるのさ」


 みんな、それぞれ家が商売をやっているから面子ってものがあるみたいだ。確かに、よそのクラスの露店が繁盛して、自分のクラスがスカスカだったら面目丸つぶれか。


「他のクラスがなにをやるか……それによって変わるな」

「隣のクラスはディンケル商会か……食品関係は避けた方がいいな」

「その隣は……エーベルハルト商会かぁ……」


 はぁぁ、と皆ため息を吐く。


「どうしたの?」


 皆が暗い顔をしているのを見て、またカールに質問をぶつける。クラスメイトと距離を取っていたせいで、何が問題なのか共通の認識が持てていないや。


「商品の仕入れ先だよ。何を売るにしても金貨1枚分だろ? 普通に仕入れたんじゃ勝てっこ無い」

「そこからやるのか……というか実家が融通するのはアリなの?」

「タダじゃないけどな、目的が教会への寄付って事になっているから協力しましたってのはアリだ。そして……」

「他のクラスには協力しない、か」


 再び、教室は重たい空気に包まれた。このクラスははずれだ、とぼやいた生徒に一瞬非難の目が向けられたが、お互い目配せをすると皆、下を向いた。


「このクラスには、いい仕入れ先になる商会の子はいないの?」

「食品を除けばディンケル商会はまだいいとして……エーベルハルト商会がな……あそこは取引品目が多いから一体何を売るのか……万が一同じものを売ったら確実に負ける」

「うーん……」


 大体、事情は分かった。


「ルカ、何かいい案はないか?」

「ぼく?」

「だってお前……副ギルド長の推薦だろ」

「う……うちはただの宿屋だよ」


 出たよ。あのおっさんが余計な事をしたせいでクラスメイトが俺を期待の目で見ている。でもなぁ……仕入れの面じゃうちが協力できる事はないしなぁ。俺はさっきから黙ったままのアレクシスに話しかけた。


「アレクシス、どうしよう?」

「……俺は、力仕事を頑張る」


 きっぱりと彼は言い切った。そうなるか。とうかアレクシスの実家……冒険者ギルドが出てきたらそれはそれで面倒が増えるだけだ。露店の設営の際にでも活躍して貰うのがまぁ無難だな。


 さて、この硬直した話し合いと俺に向けられた期待の目をなんとかしないといけない訳だけど。……いまいち妙案が浮かばない。情報が少ないな。


「他のクラスが何を出品するとか探れないかな」

「難しいが……みんな、やってみるか?」

「うん……」


 カールが周囲を見渡して声をかけたが、いまいち自信の無さそうな返事だ。そんな事は他のクラスも同様に考えているか……。


「なら、今までどんなものをバザーで売ったのかは分かる?」

「それなら」


 生徒たちが次々と今まで出品した商品をあげる。先程も出た、古着の他に食器、布、肉、薬草……。それらをノートにメモしながらどうもバラバラだな、と思う。


「なんでこんなにまとまりがないの?」

「うーん……それぞれその年に安く仕入れられるものを売ってるからかな」


 カールはすぐにそう答えた。ノートを取られたときはムカついたけど、こいつは結構打てば響く感じで面白い。あれも好奇心ゆえだったのかな、と思い直した。その上で少々意地悪な質問をする。


「あまりに工夫がなくない?」

「毎年、それぞれのクラスの有力商会が音頭をとってそれで済んでたんだよ。ただ今年は……エーベルハルト商会が強すぎる」


 少しだけ、決まりの悪そうにカールは答えた。商売を学ぶ場で、既存の商会の力関係で行われるイベント、ね。あんまり面白くはないな。ジギスムントさんの思惑に従ってしまうことになるけど……やっぱ刺激が必要かね。俺は手元を見つめた。何かないか。何か……あ、そうだ。


「勝つかどうかはわからないけど、被らない方向になら出来る気がする」

「本当か!?」


 俺の言葉を聞いたカールの顔に喜びの表情が浮かぶ。


「……ただ、面倒だよ。きっと」

「かまわないよ。聞かせてくれ」


 皆、真剣な顔だ。俺の案に賛同が得られなければ、何か適当なものを売ってお仕舞い。けれど、このクラスが協力があれば状況はちょっと変わるかもしれない。


「まず、商品の加工を自分たちでやる」

「なるほどな……手間はこっちで持つのか……みんないいか?」

「ああ」


 とりあえず、第一関門突破。これを了承して貰えないと次に進めない。


「それから、売る人間を限定する」

「どういうことだ?」

「他のクラスとかぶらないように、欲しいって思う人間が限られるものを用意するんだ」


 いまいち伝わっていないようだ。ターゲットを絞った商品を用意しろって事なんだけど。


「例えば……女の子向けの商品にする」

「お……女の子……」


 教室の空気が固まった。

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