13話 組紐のように

「さぁ、ここら辺を空けておいたから自由に使って」


 翌日の放課後、皮革問屋のクラスメイトに促されて皆が案内された倉庫には、山の様に革が積み上げられ独特の匂いが籠もっていた。その一角に作業ができる様、机が据えられている。高い天井に驚きながら見上げていると、カールが俺の袖を引っ張った。


「ルカ、作業を頼んだ子達は?」

「ああ、もうすぐ来ると思うよ。材料は?」

「こっちだよー!」


 きょろきょろと倉庫を見渡していると、クラスメイトから声がかかった。


「よし、アレクシス。出番だよ」

「ほいほい」


 一番体格の良い、アレクシスを筆頭に紐で括られた皮革が倉庫の隅から作業台の方へ運ばれてくる。加工がしやすくて、肌触りのいいウサギの革を用意したとの事だった。俺も一応、運ぶのを手伝おうとしたが……完全に戦力外。

 ぽつんと倉庫の入り口辺りに立っていると、道の向こうからユッテがやって来た。


「ルカ!」

「ああ、ユッテ。連れてきてくれた?」

「うん。みんな! こっちきて!」


 ユッテが手招きすると、痩せた子供達が4人、ぞろぞろと現れた。もう肌寒い季節なのに、すり切れたシャツ、そこから伸びる腕は枯れ木の様に細く一様に顔色も悪い。横にいるユッテが、母さんとリタさんのご飯でふくふくつやつやしているのと対称的だ。


「……よろしくお願いします」

「うん! よろしくね!」


 一番年嵩の少年が、俺に向かって頭を下げた。態度に少々戸惑いを感じられるが、その目には卑屈さは無く、しっかりとした光を湛えていた。


「こいつはクルト。手先が器用で、あたしにブレスレットの編み方を教えてくれたんだ」

「そうなんだ。話を受けてくれてありがとう。沢山作って貰う事になるから期待してます」

「へへへ……」


 俺がそういうと、クルトは照れくさそうに鼻を掻いた。素朴なその素振りに俺も安堵を覚えた。暮らしぶりこそカツカツかもしれないが、ユッテに手仕事を教えてくれたりしたんだもの。きっと悪い人間じゃない。


「じゃあ、あたしはもう行くから。こいつらの事、頼むなルカ」

「分かったよ、ユッテ。それじゃ、こっちが作業場らしいからついてきて」


 ユッテから託され、倉庫の作業台の方へ、4人のスラムの子供達を連れて向かう。


「みんな! この子達が加工をやってくれるからよろしく頼むよ」


 そうして作業台に集まっていたクラスメイトを見渡し、子供達を紹介した……のはいいが様子がおかしい。一同は、なんだか足下やあさっての方向を見て視線をそらしている。


「どうしたの、カール?」

「いや……その……ほ、本当にその子達が加工をするの?」

「そうだよ? 大丈夫、手先は器用だってさ。安心してよ」

「う、うん……そう……」


 歯切れの悪いカールの様子を見て、気がついた。そうか、彼らはスラムの子を見るのは初めてなんだ。なんだか、妙にすんなりと話が通ってしまったのも……。痩せて、薄汚れた彼らの姿は……想像の外だったんだ、多分。それで、どう接していいか分からない。そんな所だろうか。


「みんな! この子達の手助けがないと作れないんだからね、分かってる?」

「わ、分かってるよ」


 悪いけど、この段階になってうだうだ言われてもお付き合いは出来ない。戸惑っている同級生は、この際放り投げてでも作業を進めなくちゃ。


「クルト、まず何をすればいい?」

「あの……もしかして迷惑なんじゃ……」

「いいんだよ。作業を進めよ?」

「そうですか……じゃあまず革紐を作るところから……」


 遠慮がちに口を開いたクルトにそう答えると、彼は持って来た荷物から定規のような木の棒を取りだして、ナイフで切り出しはじめた。他の子供達も同様に作業に入る。黙々と作業が進んでいく中、俺達はそれを眺めている状態だ。


「あのー、何か手伝える事ない?」

「それじゃ、革紐をまとめておいて貰えますか?」


 ぼんやり待っているのも性に合わないので、クルトに指示を仰ぐ。


「ねぇ、なんか箱かなんかない?」

「へっ、あ……こっち!」


 突っ立っているクラスメイトに声をかけると、弾かれたように立ち上がった。そうして用意して貰った箱に、出来上がった革紐を10本ずつにまとめて、おさめていく。


「ほれ」

「あ、ありがとうアレクシス」


 気がつけば、アレクシスだけでなく皆、出来上がった革紐をまとめたり使えない切れ端を掃除したりとなにかしら体を動かしていた。


「それじゃ、これを使って……」

「それ何?」

「俺が作った……何ですかね編み機? これを使った方が早いし綺麗なんで」


 ある程度革紐が出来ると、クルトは突起のついた木枠を取りだした。


「細めに作るんですよね、これくらい?」

「えーと、それは……マルコ! どれくらいかな」


 装飾品のセンスは、目の肥えているマルコに任せる。


「うん、えっと……太さはこれくらい……あ、あと糸はこの色とこの色と……」


 そこからは凄かった。ヒョイヒョイと木枠に通した、革紐と糸がクルトの手によって編まれていく。俺がしているブレスレットよりずっと複雑で、マルコの指示どおりちょっと華奢で色鮮やかなブレスレットがあっという間に出来上がった。


「凄いな! 俺じゃ絶対無理だ!」

「お前、不器用だもんなー」


 その手際にクラスメイトから、ほう……とため息と賞賛の声が上がった。俺も絶対無理だな。ほかの子供達も革紐が出来上がるとブレスレットを編み始める。クルトほどのスピードじゃないけれど、丁寧に。次々とブレスレットが出来上がっていく。


「おーい、みんな。腹へったろ!」


 その手つきを夢中になって見ていると、カールの大声が倉庫に響いた。数人のクラスメイトと共に、サンドイッチを抱えている。気がつけば日もとっぷり暮れている。俺はいつも夕食が遅いから気がつかなかった。もういい時間だな。


「屋台で買ってきたから、みんなで食べよう」

「デザートは?」

「そんなの自分で買ってこいよ!」


 がやがやと倉庫の一角に車座になって、サンドイッチを広げる。こんな風にクラスメイトとご飯を食べるのは初めてだ。


「ほら、これ……冷めちゃうぞ」

「いいんですか」

「いいも何も、仕事して貰ってるし。むしろ俺達、見てるだけだし」


 カールがクルト達にサンドイッチを渡す。クラスメイトもスラムの子達もみんな揃って熱々の焼き肉の挟まったパンにかじりつく。


「美味しい! カール、これどこの屋台?」

「ん? 出てすぐのとこだよ」


 外食あんまりしないからな。学校の食堂は高すぎるけど、たまには屋台料理もいいかもな。


「ほら、デザート!」


 ほかの生徒が、追加でお菓子を買ってきた。焼き菓子に揚げ菓子に飴に……両手に抱えられたお菓子はとてもじゃないが食べ切れそうにない。


「なんか……多くない?」

「言ってやんな。野暮だぞ」

「……ん?」


 あまりの量に目を見張っていると、アレクシスが俺の背中を軽く叩いた。ああ、そうか。子供達が痩せすぎてるから食べさせればいいって、みんな思ったんだな。問題の根本はそこじゃないけど、彼らなりの謝意ではあるのだろう。案の定、食べきれない分は子供達が持って帰った。


「明日もよろしくねー!」


 去って行く、子供達の後ろ姿を見送りながら俺達は手を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る