5話 対決?冒険者ギルド(前編)

 翌日、俺とユッテは冒険者ギルドに向かうことになった。目的はもちろん、ユッテのギルドタグの返還。


「ハンナさん、マクシミリアンさん。あたしのけじめとして、冒険者ギルドのタグを返しに行きます」

「ユッテちゃん……」

「……俺も一緒に行こう」

「父さんも!?」

「ああ……俺もあれきり行ってないしな。けじめと言うなら俺も行かねばならん」


 うーん。二人でさっと行ってさっと帰るつもりだったんだけどな。父さんがそう言うなら、付いてきて貰おう。……というか父さん、あれから一度も冒険者ギルドに行ってなかったんだね。狩りのシーズンではないとはいえ、どうなのそれは!


「じゃ、行ってきます。ソフィー、お留守番を頼んだよ」

「うん! みんないってらっしゃーい」


 冒険者ギルドに向かう道すがら、俺は父さんを問い詰めた。


「父さん。あれから冒険者ギルドに本当に一回も行ってないの?」

「う……ああ。俺が行くと余計に面倒なことになりそうでな……」


 若干、しどろもどろだぞ父さん。そうこうしているうちに冒険者ギルドの建物にたどり着く。


「さぁ、お前たち行ってこい」

「父さんは!?」

「俺はお前たちの用事が済んでから行くことにする」

「そう……」


 とりあえず、俺とユッテは中に入り受付に向かった。


「あの~、すみません」

「はい、なんでしょう……あ」

「はい?」

「あー!」


 突然、俺を指さす受付の人。なんなんだ。そんでもって、俺たちを置いて奥へ引っ込んでしまった。ユッテが俺を見ている。


「ルカ……お前何したの?」

「……えー、あーそうか。……ぼく一緒に来なかった方が良かったかも」


 ――しまった。俺も立派に面倒なことの一部だった。しばらくしてドタドタと足音がしたと思うと大男がフロアに現れた。


「マクシミリアンのところの坊主だな?」

「む、息子のルカですけど……」

「お前の親父はどこだ?」

「表にいます……あの、ぼくらギルドに用事が」

「よーし! とうとう来やがったな!」


 ダメだ。まったく口を挟む隙がない。この熊、じゃなかったおっさんは確か冒険者ギルドの副ギルド長の……。


「クリストフ。子供の前だ、落ち着け」


 そうそう、クリストフさん。外で様子を窺っていたらしい父さんが扉を開けて入って来た。


「んあっ!? おう悪かったな!」


 クリストフさんは俺とユッテを見るとニカッと笑った。筋肉ダルマの満面のスマイル。……ごめん、ものすごく暑苦しい。


「おい、マクシミリアン。何日も姿を現さずに何していた!」

「何と言われても……仕事をしていた。クリストフ、俺はもう冒険者じゃないんだが」

「それはそうなんだがな……クソッ。こっちから出向きゃ良かった」


 膝を叩いて悔しがるクリストフさん。ちょっと待って、このままじゃ俺たちの用事が済みそうにない。


「ほ、ほらユッテ。アレを返しに来たんだろ?」


 俺はユッテを肘でつついてうながした。あっけにとられていたユッテがやっと我に返り、クリストフさんに話しかけた。


「……あのすみません。冒険者ギルドのタグを返却しに来たんですが」

「ああん? ……それは……持っとけ!」

「えっ!?」


 えーー!ちょっとちょっと待って。ユッテの決意は?俺たちの思いは?待ってよ副ギルド長!父さんに突進するのに夢中で吹き飛ばされてはかなわない。


「いや、あの! もう要らないので返しにきたんです!」

「だから! 持っとけ!」


 食い下がるユッテはまたも一蹴された。すると、クリストフさんはしゃがみ込んで、目線を合わせてユッテに語りかけた。


「お前さんは、荷物持ちポーターをしていた嬢ちゃんだろ?」

「そうです。でももう辞めたので……」

「そりゃいいことだ。でもな、それは持っていて欲しい……いずれ分かるさ」

「そう……ですか」


 そのやりとりを眺めていた俺は父さんに聞いた。


「父さん。クリストフさんはなんであんなこと言うの?」

「……もし、冒険者ギルドが昔のあの子にタグを発行しなければ……どうなっていたか、考えたことはあるか? ルカ」


 そうか。……そうなんだ。市壁の衛兵のハンネスさんはユッテみたいな小さい子にギルドタグを発行することを嘆いていたけど、言われてみれば……荷物持ちポーターの仕事がなければユッテを含めたスラムの子供たちにはロクな食い扶持が無い。


 ――物事は一面だけでは分からないものだな……。


「さ! この話は終わりだ! おい、俺は今日は仕事は仕舞いにするぞ。マクシミリアン、分かっているんだろうな?」

「……断る」

「バカ言うなよ! お前、今は俺に借りがあるだろう」


 クリストフさんは、父さんの首根っこを捕まえると壮絶な笑顔を向けた。借りは……あるなぁ。確かに。副ギルド長にとっ捕まった父さんが小さく見える。


「……うちの宿に来るといい……」

「おう、そうさせて貰うぜ!」


 こうしてガックリとうなだれた父さんを先頭に、俺たちはまた元来た道を引き返すのだった。




 冒険者ギルドの副ギルド長であるクリストフさんが巨体をかがめて『金の星亭』うちの宿に入ると食堂はにわかに騒がしくなった。


「おい、あれってまさか……」

「なんでこんなところに……」


 お客さんたちから戸惑いの声が次々と上がる。


「あらあら、クリストフさん。お久しぶりです」

「おう、ハンナ。元気そうだな」

「今日は一体……なんの用ですか?」

「――呑みに来た!」


 日もまだ高いうちからこのおっさんは呑む気らしい。明らかに元気のない父さんを見るに、お付き合いをさせられるみたいだ。


「父さん、大丈夫?」

「ルカ、ちょっと使いを頼まれてくれるか……」

「いいけど、なに?」

「酒屋に行って来てくれ。うちに置いてある酒じゃ足りなくなる。『副ギルド長のクリストフが来た』と言えば通じるはずだ」


 うわぁ……クリストフさんは相当な酒豪らしい。


「ハンナ! とりあえずエールを持ってきてくれ!」


 そんなクリストフさんの声を背中に、俺は市場の酒屋へとダッシュした。




「おじさん! うちに冒険者ギルドの副ギルド長が来たんで酒の買い足しにきたんですが……」

「なんだって! わかった、すぐに届けさせよう」


 酒屋の店主は『副ギルド長』という単語を聞いた途端に顔色が変わった。店員に耳打ちをすると店員も慌てて店の裏口へと走って言った。


「ぼくじゃ持てないくらいの量ですか?」

「坊ちゃんじゃ無理だろう……」


 うちまで配達してくれるというのでまた俺は急いで引き返した。家に戻ると、すでにジョッキがテーブルの上に並んでいる。クリストフさんはそれをまるで水のように飲み干していた。……っていうか水だとしてもよくそんなに飲めるな。


「どうしたどうした! マクシミリアン、進んでないぞ」

「いや……仕事が……」

「いいって! なぁハンナ! 今日くらい構わないな!」

「言っても聞かないんでしょ、クリストフさん」


 母さんは大きくため息をついた。せめて何か食べて、と燻製肉とピクルスをテーブルに置く。


「ねぇ。母さん、あの人いっつもこんななの?」

「……酒が入るとねぇ……何度も見たわ」


 母さんは遠い目をしている。階段の影からはソフィーとユッテが遠巻きに見ていた。


「なんか大変なことになりそうだな、ルカ」

「面倒なことになるって……こういうことか……」

「あのおじちゃんすごいね! おかねもち?」


 そうだよ。ガバガバ飲んでるけどちゃんと支払いはしてくれんだろうな。生憎、うちは飲み放題サービスはやってない。……いざとなったらギルドに請求かな。


「よーし、お前には言いたいことも山のようにあるからな! 飲み比べだ!マクシミリアン」

「ああ……」




 こうして、かなりどうしようもない感じの戦いの幕が切って落とされた。

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