6話 対決?冒険者ギルド(後編)
ドン、とテーブルの上にジョッキが並び、クリストフさんは高々と杯を掲げる。
「マクシミリアン。さぁ改めて乾杯だ」
「……乾杯」
水の様に、と言ったが……あれは撤回だ。なにかの吸引器のようにエールがクリストフさんの胃に収まっていく。父さんも遅れてジョッキを空にした。
「なぁ、マクシミリアン。俺があの蛇野郎にいくら巻き上げられたか教えてやろうか?」
「聞きたくない」
「そう言うなって。いいか? ……金貨23枚だ」
「だから聞きたくないと……」
元値は金貨10枚だけどね。最初に「30枚」だと言われたら、もうそこが基準になってしまう。ジギスムントさんが最初にああ切り出したあの時点で、勝負はもう決まったも同然……残酷だけど、交渉事の手際はあちらさんの方が圧倒的に上手だな。キリの悪い数字にあがきを感じるが、結局良いようにやられたって訳だ。
そして商人ギルドは労せず金貨13枚……贅沢しなきゃ半年は暮らせる金額を得たことになる。――ただそれが元々は冒険者ギルドの蔵書と
「あの……クリストフさん、副ギルド長。ごめんなさい」
なんだか本当に心から申し訳なくなって、俺はクリストフさんに謝罪した。
「父さんは悪くないんです。ぼくが、目先のことにしか目がいってなかったからこんなことになったんです。……冒険者ギルドに一言でも相談するべきでした」
「ああ、坊主……ルカだったな。いや……その点はこちらにも落ち度があったというか、過ぎたことだ。買い取った以上は無駄にはしないさ」
俺の言葉に、目をぱちくりさせたクリストフさんは一瞬固まったあと、そう言ってくれた。
「しかし……こりゃあ、本当にマクシミリアンとハンナの子か?」
「見ればわかるだろう」
はい正真正銘、将来ガチムチマッチョになる予定の7歳ですよ。
「なにをどうしたら、こんな殊勝なことを言う息子が育つかコツが聞きたいね。うちの息子ときたら……俺に逆らってばっかりだ」
「……そういう年頃なんだろう」
「で、どうなんだ? おたくんちのルカは? 剣か? 魔法か? どっちもか?」
「まだそんな歳じゃない」
正直、俺は剣は……ダメかもしれない。父さんに誕生日に貰った短剣も死蔵されている状態だ。魔法はどうなんだろう。火をつけたり、水を出したりなんてことは出来るけどみんな当然のように出来るし……。
「父さんには短剣を貰いました。けどまだ振れません……」
「なら魔法か! ……頼むから街中で雷ぶっ放すのはやめてくれよ」
「いえそれも……したことないですし、するつもりもありません……」
「おいハンナ! どうなっているんだ!! お前の息子は雷で家を丸焼きにしたりしないってよ! ガハハハ!」
……母さん?そんなことしたの?と、振り返ると真っ赤な顔をした母さんが厨房のカウンターを握りしめて立っていた。もしかして黒歴史……だろうか。母さんの刺すような視線が怖かったので、聞かなかったことにしよう。
「あのな……お前は黙って飲めないのか、クリストフ」
「けっ、考えてもみろ。この俺が、くそ真面目な顔で書類に埋もれているんだぞ。鬱憤がたまる一方だ……エールは飽きた!ワインを持って来てくれ!」
クリストフさんは今度は注ぐのも面倒なのかワインをボトルごと煽りだした。酒屋に追加注文をしてなければ本当にうちの在庫を空にしてしまいそうだ。
「見るからに向いてないのは分かるが……」
「なにが名誉職だ。大体、ギルド長がヨイヨイの爺さんだから書類仕事が回ってきてしょうが無い。俺は後進の育成に力を入れたいのによ」
ああ、副ギルド長の背中から中間管理職の悲哀がにじみでている……。というか場末の、自分で言ってて悲しいけれど……こんな宿屋の食堂兼居酒屋でぶっちゃけすぎじゃないだろうか。そして空のボトルは早くも――5本。胃袋どうなっているんだ。そしてそれに付き合って飲み続けている父さんもなかなかのものだ。
「もういっそ、お前がギルド長になればいいじゃないか」
「……それこそ勘弁だね! これ以上、
「だったら、ギルド長はギルド長で職務を全うしているじゃないか。文句を言うな」
「お前は! すぐにそうやって正論を吐いて! ……かわいくない。かわいくないぞー! ルカ、なんかまた違う酒を持って来てくれ」
クリストフさんもさすがに酔いが回って来たのか頬に赤みが差している。かわいい父さんをご所望のクリストフさんには悪いけど、父さんにしては頑張って応対している方だと思うけどね。それと、違う酒と言われても……。あとは蜂蜜酒と林檎酒くらいだ。この酒豪のお好みに合うかどうか。うーん。
「……ルカ、酒屋から赤い布で巻いた陶器の瓶が届いていないか?」
「どうかな? 探してみる。それを持ってくればいいの? 父さん」
「頼む……こいつ用の酒だ」
俺は父さんにそう言われ、厨房の裏手に積まれた酒屋からの追加在庫を探ると……あった。一人で持つには少々難儀なそれを抱えて、二人のテーブルへと運ぶ。
「おまたせしました」
「ルカ、ありがとう」
父さんが瓶の布を取りはらう。なんてことのない灰色の陶器の瓶だが、封を切った瞬間に俺は一歩後ずさった。
すごい匂い!濃い酒の香りがあたりに漂う。何かの蒸留酒だろう。これはかなりの高アルコール度数なんじゃなかろうか。口の中に、以前罰ゲームで呑まされたテキーラの刺激がよみがえる。大酒飲みの友人いわく、テキーラは味わうもの。との事だったが俺はとてもそんな気持ちにはなれなかった。
「まぁ、飲め。クリストフ」
ああ、無慈悲にも父さんはその酒をカップになみなみと注ぐとクリストフさんに手渡した。
「お前もだ、マクシミリアン」
「ああ、そうだな……」
父さんのカップにも酒が注がれる。クリストフさんはぐいっと一気にそれを煽った。
「ふー、効くな。それでな、マクシミリアン……俺は後進の育成にもっとだな……」
「ああ、そうだな……」
やだやだ、話題がループしはじめたよ。素面で酔っ払いを見るのはなんだか醒めてしまう。けどこんなチビの体で飲む訳にもいかないしな……。かなり強い酒だと思われるのに変わらない吸引力のクリストフさんにちょっと呆れながら厨房に戻った。
「母さん、アレいつまで続くの?」
「……ん。もうちょっとよ」
夕食の仕込みをしながら、平然と母さんは答えた。ユッテとソフィーも関わるまいと決め込んだのか、せっせと野菜を洗ったり切ったりしている。
「仕事に来たら、こんなんだもの。マクシミリアンさんも大変だねぇ」
「あ、リタさん。いつ来たの?」
「ちょっと前から。厄介そうだからそーっとね」
いつの間にやら来ていたリタさんは、パイ生地をこねる手を一旦止めて苦笑した。女性陣は早々に杯を重ねる男二人を放って置くことに決めたらしい。律儀に付き合ってた俺がバカみたいだ。
「――もっと、この街の発展を、俺は願っている訳よ!」
「ああ、そうだな……」
真っ赤な顔になったクリストフさんを前に、父さんがさっきから「ああそうだな」を連呼している。って言うかそれしか言ってない。……父さん、顔色に全く出てないけどもしかして、いやもしかしなくても相当酔ってる!?
俺が焦って二人を止めようと、テーブルに再び近づこうとしたその時。宿の扉が開いた。――現れたのはねじれた木の杖を持った、白い髭の老人。
「お邪魔するよ」
「あっ、いらっしゃいませ」
「すまないね坊や。私は客じゃない」
言うなり、つかつかと二人のテーブルに向かうとクリストフさんの頭を持っていた木の杖でぶん殴った。
「あ!痛ぇ!! なにすんだこのジジイ!」
「ジジイはその通りだが、ギルド長と呼べこのバカモンが」
え?このお爺さんがギルド長?
「ああん? 誰がバカだって!?」
クリストフさんは勢い良く立ち上がったが、すぐにガックリと膝をついた。……飲み過ぎなんだよ。
「人様に迷惑かけるまで飲むな」
ギルド長は口元でなにやら呟くとクリストフさんの首元に杖を押しつけた。すると、スルスルと杖が形を変えて彼の動きを封じる。まるでトリモチみたいに杖の先に大男をくっつけて、俺の方を振り返った。
「坊や、これで足りるかね。余れば迷惑料と思ってとっといとくれ。すまないね」
「え、あ。は……はい……」
ギルド長は俺に金貨を握らせた。それ、重力とかどうなってんの?すごいねとか言う間もなく、あっという間に老人はズルズルと大男を引きずって去って行った。
「父さん、行っちゃったよ」
「ああ、そうだな……」
「もう、父さんしっかりして!」
「ああ、そうだな……あ……やっと行ったか……」
父さんは一瞬だけ、正気を取り戻すとスースーと寝息を立てて眠ってしまった。
「父さん、父さん!! これから夕食時だから! 起きて! お願い!」
ああーー!!もう!!こっちの大男はどうやって運べばいいんだろ?
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