閑話 黎明の翼

 息子の起こした騒動が、一応の結末を迎えた。


 ルカが急に宿の経営に口を出してきた時には驚いた。そのことについて一度問いかけたが、うまく説明できない様だった。今でも時々なにか物言いたげな顔をしているが、彼が自分で言い出すまでは待とうと思う。


 そしてルカはうまいこと傾いた宿を建て直してしまった。それに安心して任せきりにしてしまった……気を抜いた自分の責任もある。だが、息子は自分で解決すると言い、実際やり遂げた。ルカは日々、成長している。




「マクシミリアン!」


 市場での買い出しを終えると、唐突に名前を呼ばれて振り返った。そこには随分懐かしい顔があった。記憶にある幼さの残った青年は月日とともに磨かれ、精悍な顔つきの男がそこにはいた。


「フェルディナント……久々だな」

「あんた、大丈夫か」

「これまた唐突な挨拶だな」


 大人になっても性急なのは相変わらずだ。まぁ何が聞きたいのかは大体分かるが。


「あ、いや……元気か? マクシミリアン」

「ああ、もちろん。そちらも元気そうだな。ジークフリート、ブリッツ、カサンドラも」


 同じく、懐かしい面々を見渡す。皆、それぞれ歳をとった。


「カサンドラはあまり変わらないな」

「ふふふ……秘密の特製のお茶を飲んでいるの。今度、ハンナにも分けてあげよっか」

「いらん。必要ない」


 カサンドラの調合する薬品は効き目は確かだが、時々とんでもない物が紛れている。妻にそんなものを飲ませる訳にはいかない。


「それで、なんの用だ? わざわざ待ち伏せていたのか?」

「……あんたが、クリストフのおっさんとやり合ったと聞いて」


 苦虫をかみつぶしたような顔でフェルディナントが答えた。やはりな。この街はそこそこの大きさの街だが、今まで会わなかったのがおかしい。避けられていた、というのが正解だろう。


「大したことじゃない。もう解決した。それだけか?」

「マクシミリアン。俺……俺たちは、迷宮ダンジョンの最奥に到達した」

「ああ、冒険者ギルドで噂は聞いたぞ。最奥の向こうの入り口を発見したってな」

「とうとうだ。装備が整い次第、近いうちにまた潜る」


 フェルディナントは顔をほころばせた。こうしているとガキの頃と同じ顔だ。俺は荷物を置いて、手を伸ばして髪をくしゃくしゃにしてやった。


「よくやったなフェルディ」

「だぁっ! 子供扱いはやめてくれよ!」

「すまん、つい……」


 つい、息子と同じような扱いをしてしまった。いかんな、彼ももう大の男だ。


「君の商売の方はどうなんだ?」


 それまで黙っていたジークフリートが口を開いた。


「なんとかやっているよ。息子も大きくなって色々と助けてくれる」

「そうか……ならいいんだ」


 ブリッツがジークフリートを小突きながら言う。


「ほらな、心配ないっていったろう。余計なお世話だって。なぁ、マクシミリアンあのな……」

「ブリッツ! お前は黙っておけといっただろう!」


 やれやれ、相変わらず騒がしいことだ。こうしていると、まるで昔に戻ったようだ。彼らがいたから俺はこうしてまだ生きている。


「それじゃあ、またな。次に会った時にはゆっくり話を聞かせてくれ」

「……マクシミリアン!」


 立ち去ろうとした時、フェルディナントが叫んだ。


「『黎明の翼』はまだ、ある!」

「おう」

「あんたがいなくても!」

「……そうだな」


 言うだけいうと、フェルディナントは下を向いて黙ってしまった。子供扱いするなと言ったがこれでは駄々っ子と変わりないな。


「フェルディ、今俺は幸せだ。……家族が側にいて支えてくれる」

「そうか……」

「だから心配いらない」


 今度こそ本当に俺はその場を離れた。不思議な気持ちが湧き上がってくる。彼らに会えば、もっとヒリヒリとした気持ちになるかと思っていた。しかし今、胸の内にあるのは穏やかな気持ちだった。この選択に俺はもう迷いは無いのだろう。


 帰ろう。妻と子供たちの待つ我が家へ。そうだ、もう一人増えたんだった。


 ――ユッテ。あの子はいい。生い立ちゆえか、元々の性格か、歳の割に肝が据わっている。鍛えればいっぱしの戦士にもなれるだろう。俺の息子のルカは少しばかり頭でっかちで臆病なところがあるからな。そうだ、今度一緒に剣術の稽古をしよう。




 俺はそんなことを考えながら家路を急ぐのだった。

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