11話 対決!商人ギルド
――商人ギルド。このヘーレベルクのあらゆる商売を取りまとめる集団。徴税から各事業の許可、仕事の斡旋、次代の人材育成まで広く請け負っている。ここをなくしてヘーレベルクの経済は成り立たず、商売をすることは出来ない。
そんな存在が思わぬところに立ちふさがって、俺は頭を抱えた。商人ギルドがなんと言うか、か……。既存の商売の範疇ならまだいい。ただ、新しい商売で商人ギルドが損害をこうむるようなら向こうも黙ってはいないだろう。
「あまりに相手の情報が少ないな……」
商人ギルドがどんな人間で成り立っているのか、俺は全然知らない。今回のような場合は両親にとっても未知の世界だろう。宿屋は今まであった商売で、それも零細の宿屋だ。大した問題も起きなかった。
「とは言え、まずは協力者だ」
商人ギルドの許可が下りるかはともかく、この話にユッテが乗ってくれないと始まらない。彼女の協力を仰がなくては。
下校帰りに広場に行くと、ユッテがこちらに向かって大きく手を振っていた。ソフィーが真っ先に駆け寄る。
「ユッテー! じ、おぼえられたー?」
「おう! 昨日教えて貰った分はバッチリだぞ!」
「待たせたね。今日はぼくのうちに行こう」
そう言うと、彼女は少し戸惑って自分のシャツをつかんだ。
「いいのか? 親御さんとか大丈夫か?」
「もちろん。ユッテの事はもう話してあるから、何の問題もないよ」
帰宅すると、母さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。ルカの母のハンナです」
「ユッテです。……お邪魔します」
「母さん、これからユッテと勉強するから屋根裏に行くね」
それじゃあ、と母さんはお茶とビスケットを渡してくれた。母さんにはあらかじめユッテとゆっくり話し合いたいと伝えてある。
「なんか悪いな」
「なにも。今日はユッテに大事な話があるんだ」
「なんだよ……」
「まぁ座って」
俺たちの住居である屋根裏の、居間のソファをすすめる。俺とユッテはそこに向かい合って座った。
「テストなら心配しなくてもいいぞ。必死で覚えた」
「そうじゃないんだ。ぼくからユッテにお願いがあるんだよ」
「お願い?」
ここでユッテに断られたら。全く手がない訳ではない。商品なら自分で仕入れることだって出来るから。でも出来るなら冒険者たち相手に商売をしているユッテの知恵を借りたい。
「ユッテ。ここで商売をしてみる気はない?」
「商売……」
「そう、君は
「そんなことが出来るのか?」
「絶対、とは言えない。商人ギルドの許可が下りたらになるけど」
ユッテは腕を組んでうーん、と考え込んだ。
「でも、
「なら
俺の説得にも熱が入る。冒険者が
「それで、ルカのところに何の得があるんだよ? 同情だったらお断りだ」
「へへへ……お客さんへのサービスだよ。ユッテがここで商売すればお客さんは市場まで行かなくてすむ、便利になる。じゃあここに泊まるか、ってならないかと思って」
ユッテに対しては完全に腹を割った。あとは俺たちの信頼関係がどの位のものかだ。
「なるほどね。それがルカの得になるなら……いいぜ、その話乗った」
「ユッテ!」
「こっちも冒険者ギルドに上前をハネられない場所なら言うことないさ」
俺は勢い良くユッテの手を掴んだ。商談成立だ。
「絶対、商人ギルドを説得してみせる。待っていて」
「おう! 頼んだ……で……て、手を離してくれないかな……」
「あっ! ご、ごめん!!」
その後、俺たちは無茶苦茶……勉強した。言葉通りにテストは満点。新しい文字をまた覚えてユッテは帰っていった。
*****
――かの有名な、ロダンの「考える人」をご存じだろうか。あれが今、厨房のテーブルに居る。
「……父さん、もう観念しなよ」
「ルカ、やっぱりついて来い」
「ぼくが行ったら舐められるでしょ!」
商人ギルドに売店の申請をして、今日その返答を貰う。すんなり行けばいいが、そうでない場合の想定問答を父さんに叩き込んだのだが……結果はこの通りだ。父さんは石化している……ので、こりゃついて行くしかないな。
「これはこれは、クリューガーさん……今日もお子さん連れで?」
「ああ……後学の為にな」
出迎えてくれたのは以前も商人ギルドで対応してくれたバルトさんだ。この人が
「ではこちらに……今回は副ギルド長も同席されますので」
「副ギルド長が、か?」
「ええ、なんでもクリューガーさんに直接お会いしたいと」
通された部屋でしばし待つと、バルトさんが背の高い痩躯の初老の男性を連れて現れた。バルトさんが紹介する。
「こちらが、副ギルド長のジギスムントです」
「失礼。突然で申し訳ないが今日は同席させて貰います。まぁ、お掛け下さい」
鷹揚な身振りで着席を促された。福耳がキュートなバルトさんと比べると貫禄が違う。室内にピリッとした空気が漂った。席についた俺たちに、副ギルド長は提出した申請書を取り出し指し示した。
「内容は宿屋内での物品の販売……でしたな」
「ああ。うちのお客相手に薬品や保存食なんかを売ろうと思っている」
「そうですか……。お互い、時間は大切ですから……結論から申しましょう。これは許可できません」
やはりか。そう簡単には行かなかった。父さん、頼むぞ。プランBだ。
「なぜだ? 理由を聞かせて貰いたい」
「簡単ですよ。市場の儲けが減ってしまう。今でも行商人のたぐいには、既存の商店を守るために10日に一度の市を立てることで制限しているのです」
経済が発展する為には安心して商売できる環境がなければならない。副ギルド長の言うことはいちいちもっともだ。
「市場の客……か。なら言わせて貰うが商品は市場から仕入れるんだ。今までの商売の邪魔にはならない」
「ふむ。しかし、邪魔にはならなくても――我々に何かメリットは?」
ギルドを動かすにはこの事業が損失ではないと明示しなければならない。その上で、さらにギルドがなんらかの利益を得るの提案がなければ。
「それならある。俺が奪うのは市場の客じゃない。奪うのは冒険者ギルドの利益だ」
「ほう……その訳をお聞かせいただけますか」
「
「確かにそうですね」
市場で動くのは形ある品ばかりではない。それは情報であったり信用であったり……互いの面子であったりする。
「俺のところで売れば、冒険者ギルドに利益は入らない……どうだ?」
「ふふふ……あなたも元冒険者。我々と冒険者ギルドの関係をよくご存じだ。目障りだが、互いに無いと成り立たない……」
実はこのプレゼンの提案内容には穴がある。うちで買い物をすませた客が市場に足を運ぶ回数が減ればそれだけ商売の機会は失われるのだ。人は必需品だけを求めて市場で買い物をするわけではない。人が集まるだけでも商売は発生するのだ。どうかそれに気づかないでいて欲しい。
「俺のところの影響なんて微々たるものだろうがな」
そう、うちの影響なんてほんの少しだ。小さな女の子の暮らしを少し良くするくらいの。頼む。そんな俺の祈りを知ってか知らずか、副ギルド長はゆっくりと手元のカップを引き寄せ、一口喉を湿らせると口を開いた。
「なかなか面白い……良いでしょう、我々も同じことばかりをしていたらいつか行き詰まりますからな。試しにやってみるのも良いかもしれません」
「……本当か……」
「ただし、売る商品の品目と売り上げを毎月ギルドに報告すること。これを守れますか?」
「もちろんだ。……英断、感謝する」
よくやった、父さん。見上げると、父さんと目が合った。目の奥に深い疲労の色が見て取れた。馴れないことさせてごめんよ。
それから父さんはバルトさんと一緒に許可証の手続きをしに別室に移った。俺はしばらくお留守番だ。
「さて、私もそろそろ失礼しましょう……書類が溜まっているものでね。ところでクリューガーの息子さん、お名前は?」
副ギルド長のジギスムントは退席がてら、俺の名を尋ねた。
「は、はい。ルカといいます」
「そう……ルカ君。あの商売は誰が考えたのかね?」
「もちろん、父さんです」
「君の父上のことは昔から知っているよ。アレはそういう
「……う」
ズバリと言い当てられて、冷や汗が流れる。そもそもこんなところに子供連れなんて無理があるものな……だから嫌だったんだよ。
「将来が楽しみだ……。これはね、君への投資だよ。大きくなったらうちの商学校にも来るといい」
「……考えておきます」
――躱したはずの狐は、とんだ狸だった。地味に嫌なロックオンをされながらも俺たちは無事に許可証を手にしたのだった。
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