10話 運命の出会い(後編)

「タンマ! もう頭がパンクしそう」


 文字を10個くらいまで教えたところでユッテから待ったが入った。初日から飛ばしすぎたかな。教えたところをメモしたいけど、その字が読めないんだよな……難しい。


「ソフィーはえでおぼえたよー」


 ああ、そうか単語カードか。俺は教えた文字の頭文字を使う単語を書いてそれを表す絵を……絵。絵……。


「だれか絵が得意な人は?」

「はーい!ソフィーがやるよ」


 却下だ。他に誰か……。


「私が描くわ。この下に描けばいいのかしら?」


 手を挙げてくれたのはディアナだ。ディアナは割と物静かな少女で、普段から本を読んだり絵を描いていることが多い。絵の件はディアナに任せた。


「さて、今度は替わりに迷宮ダンジョンについて教えてくれるんだよね」

「待ってました!」


 フェリクス……俺の身を案じてついてきたんじゃなかったのか。


「ああ……で、なにが聞きたい?」

「そう言われると困るな。なにもかも知らないんだ。ユッテが普段見ているものが聞きたい……かな?」

「見ているものなぁ。迷宮ダンジョンに潜ったのは数えるほどで、しかも浅い層しかないよ」

「大丈夫、そっから分かってないから」


 ユッテによる迷宮ダンジョン講座が始まった。迷宮ダンジョンに行きたい組……俺とフェリクスは席に着き、女の子たちはお茶を淹れに行った。


迷宮ダンジョンはいくつかの層になっていて、地上から近い方から1層、2層と数えてく。もちろん深く潜るのは大変だし、出てくる魔物も強くなっていく……ここまでは分かる?」

「なんとなく」

荷物持ちポーターを必要とするのは、大抵迷宮ダンジョン深くを探索する冒険者だ。荷物持ちポーターも沢山荷物が持てて、自分の身もある程度守れるヤツが好まれる。ずっとこの仕事をしていたり、冒険者になりたてのヤツとかな」

「じゃあ、ユッテの出番はあんまりないって事? じゃあどうして迷宮ダンジョンに行くの?」


 ユッテは持っていた大きなバッグを取り出した。中には薬品や乾物、細々した小物が入っていた。


「これだ。買い忘れたり、準備不足の冒険者に売りつける。あと、どんな魔物が出るかとか知りたいヤツには教えてやる。お代はいただくけどな」


 へぇ……ちょっと登山に似ているかも。山小屋で買うとお高くつくのと一緒かな。山岳ガイドと山小屋が一緒になったようなものか。


「そういえば、あんまりにも軽装のお客さんには父さんが声かけたりしているよ」

「そう、そうなんだけど。いざ迷宮ダンジョンまで来ないと分からないヤツもいるのさ」


 ちょっと呆れた顔をしてユッテは肩をすくめた。痛い目にあった冒険者を何人も見てきたんだろう。そのほかには荷物持ちポーターの間で迷宮の情報や金払いのいいパーティーや、逆に近づいちゃいけないパーティーの情報などの共有もしているそうだ。


「そんなんだったら、ユッテを荷物持ちポーターに雇うのってどんな人たちなんだ?」


 フェリクスが不思議そうに聞く。そりゃそうだ。フェリクスくらいの歳ならともかく、ユッテは俺とおんなじチビだ。


「たまに居るんだけど、半分物見遊山の金持ちさ。どうせ浅層までしか行かないし、あたしならガイドが安くすむから出番ってわけ」


 なんだか胸くそ悪いな。こんな女の子に荷物持たせて観光か。衛兵のハンネスさんが心配していたような危ない事をユッテが普段からしている訳ではないのは良かったけど。


「んー。もうちょっと違う仕事はないの?」


 せっかく友達になれたんだ。できればそんな危ない橋は渡って欲しくない。俺はユッテに聞いてみた。


「……あたしを雇ってくれる仕事なんてめったにないよ」


 困ったような顔をしてユッテは続ける。


「あたしは孤児なんだ。スラムの孤児を雇ってくれる人なんて滅多に居ない。ルカのうちも商売をしているならわかるだろ?」


 商業ギルドでの一件を思い出した。後ろ盾のない雇用はほとんど存在しない。仕事をしたくても雇って貰えない。だから教会の施しに並ぶことになるのだ。


「ごめん……」

「いいよ。だからあたしは字を覚えたいんだ。出来ることが多ければ仕事もあるかもしれないからね」


 過酷な生活を送る少女は、驚くほど前向きでタフだった。なら、できるだけユッテの力になれるようにしよう。




*****




「もう! 昨日の内に買ってきてって言ったのに!」

「すまん、ついうっかり」


 自宅に戻ると、食堂で弓士のカミラにレオポルトが叱られていた。


「一体どうしたんです?」

「どうもこうも、薬の買い足しを頼んだのにこいつが忘れてきたのよ。明日迷宮ダンジョンに行く前に市場まで行かなきゃならないじゃない。めんどくさい」


 あー、ユッテの言うとおり本当にいるんだな。まぁ人間ついウッカリってことはあるもんな。ここが日本ならこういう時は……。


「ん……?」

「ルカ君どうしたの?」

「あ! そうだ! それだ! ありがとうカミラお姉ちゃん!」

「えええ……?」


 ――あった。ユッテが迷宮ダンジョンに行かなくてすむ方法が。少なくとも荷物持ちポーターとして潜らなくてもいい方法。しかも『金の星亭』うちの宿にも実になる話だ。


「父さん、母さん! 仕事が終わったら集まって!」

「どうした。ルカ」

「新サービスを思いついた! 話がしたいから!」


 俺が思いついた話を実行するには両親の許可がいる。そもそもユッテの話から始めなきゃならない。


 ――思いついたのは「コンビニ」だ。コンビニエンスストア。その名の通り、便利な店だ。生活に必要な物を通常のお店の時間外に買えるってことで日本に瞬く間に広まったあの業態。


 別に24時間開けるつもりはない。買える物も限定的でいい。それこそ売店でいい。前に総合量販店があったら、なんて考えたけど、そこまでする必要はないんだ。そうだよ、大抵の旅館には売店がついてるじゃないか。なんで今まで気がつかなかったんだ。


 そう、俺は……『川端 幸司』は元営業マン。それも量販店相手のメーカーセールスだ。やっとまともに前職の経験を生かせる!まずは両親相手にプレゼンだ。




 夜半、父さんと母さんの仕事が終わるのを今か今かと待つ。なんだかとてつもなく長い時間に感じられた。


「お待たせ。一体どうしたの?」

「ルカ、新サービスってなんだ?」

「うん、ちょっと……長くなるんだけど……」


 俺はまず、ユッテの話からした。スラムの子と友達になったと言ったらちょっと微妙な顔をしたが、ユッテが俺と同い年なのに荷物持ちポーターをして生活をしていると聞いてため息をついた。


「そう……それでルカはなんとかしたいのね?」

「しかしルカ。相手にもプライドってものがあるんだぞ」


 冒険者の矜持を知っている父さんが口を挟む。切った張ったの世界であるのは荷物持ちポーターでも同様だとも。


「うん、だからいくらパンをあげても仕方ないんだ。ユッテが自分で稼がなきゃ。その上でうちも得をしなきゃならないんだ」


 そうじゃないと対等ではない……友人関係とは言えない。だからユッテの協力が必要だ。


「うちの宿で、冒険者が必要な物を買えるようにしたい。実質、ユッテは迷宮ダンジョンの前で物を売って暮らしてるんだ。ここだって冒険者は沢山居るし、お客さんも便利になるだろ?」

「悪くない考えだと思うが……商人ギルドがなんと言うかだな」

「えっ?」


 思わぬ横やりが入った。


「うちは宿屋の経営で届けを出しているからな。新しい商売をするには許可を取る必要がある」


 商人ギルドか……あの小太りのバルトさんはにこやかだったけど……生き馬の目を抜く商人の世界の人間たちだ。それを説得しなければならないのか……。

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