9話 運命の出会い(前編)
なんだか正体不明のこの不安の正体を、なんとかしなければならないと思った。その為にはもう一度あの子に会わなきゃいけない気がする。怒られるかもしれないけど、もう一度
学校でそんな風に考えているとラウラたちが心配そうに声をかけてきた。
「ルカ君、ずっと変な顔してどうしたの?」
「解けない課題でもあるのか? お前が解けない問題はオレにも分からないけど」
「そんな変? ……実はさ……」
俺は昨日市壁まで行ったこと、そしてそこで会った子について友人たちに話した。
「それは……なんというか」
「ああ……」
彼らは歯切れの悪い反応だ。ディアナがやっと口を開いた。
「ルカ君、こっちついてきて」
連れて行かれたのは教会の裏だ。
「ほら、あそこを見て」
ディアナが指し示したのは教会の裏手で列をなす人々だった。シスターの手からパンを受け取っている。
「ルカ君が見たのは、きっとあの人たち……スラムの住人よ」
「スラム……あっ!」
今パンを受け取っているのは、あの子だ!俺は駆けだした。
「ルカ君! 待って!」
ディアナから制止の声がかかるが、俺はその少年に声をかけた。
「ねぇ!」
「……なんだお前」
じろり、とこちらを見る少年。昨日と同じような薄着で、細い手にはパンが握られている。あっけない再会だった。突然だっただけに次の言葉が出てこない。
「あの……えっと……」
「なんだよ」
「昨日会ったよ……ね」
「ああ? ああ、あんときのガキか」
自分もガキのくせして。胡乱げに俺を見る少年。どうしよう。とりあえず挨拶だろうか。
「ぼくはルカ。友達になってくれないかな?」
「……やなこった」
返ってきたのは拒絶の言葉だった。一人残された俺を、後ろから追いかけてきたラウラとフェリクスが取り囲む。
「ルカ、お前なにやってんだ」
「びっくりした……」
ディアナが眉を下げて俺の肩に手をやった。
「ルカ君、無理だと思うよ」
「なんで?」
住む世界が違うのだ、と彼女は答えた。ラウラは俺の手を握った。
「教室に戻ろう? ね?」
三人に促されて教室に戻る。机についたが、考えがぐるぐる頭を駆け巡る。住む世界が違う、か。確かに教会の施しのパンに列を作る彼らと学校に通わせて貰える俺たちじゃ、同じ市民でも生活のレベルは違うんだろう。仕事があって、それなりの生活が出来て、家族が居て。
「……あ」
俺の不安の原因の一端が見えた気がした。俺の生活の基板は家族で経営している宿屋だ。でももし経営不振で手放すことになったら?父さんが働けなくなったら?俺とソフィーで……いや最悪ソフィーだけ残してみんなバラバラになったら?
俺が思うに人生は道だ。道だけど……一本道のようでいて、実は幾通りの道がある。なるべく良い道を歩こうとするけど、道かと思ったら表面はただの砂で見えない穴がが空いている、なんてことはざらにある。俺が死ぬ前に明日の事を考えていたように。
「なんだ、そんなことか……」
今までと変わりないじゃないか。俺は勝手にあの少年に、もしもの時の自分を投影して不安になっていたのだ。今あるものを失ったらって。……傲慢な考えだ。何か出来る訳でもないのに。
この件に関しては自分が悪い。というか、俺……死んだのが怖かったんだな。あんな糞みたいな毎日、と思っていたのに怖かったし悔しかったんだ。
「みんな、心配かけてごめん」
俺は迷惑をかけた友人たちに謝った。
「ううん。大丈夫だよ……友達だから」
ラウラはまた俺の手を握りながら、そう答えてくれた。
「おい、お前!」
――そんな一件を終えて下校しようとすると……なんとあの少年が俺に声をかけた。ソフィーは事情を全く知らないのでぽかんとしている。
「ルカとか言ったな。ちょっと聞きたいことがある」
……ああ、この状況ですでに自己完結しちゃいましたなんて言えない。少年の手招きで路地に入ると、彼は聞いた。
「なんで声をかけた?」
そりゃ、そうなるよね。でも俺のこのごちゃごちゃした価値観を話したところで迷惑だろう。
「なんか気になって。なんで
「そんなことか。そりゃ食ってくためだ」
「うち、冒険者相手の宿屋をやっててさ……ぼくと同じくらいの歳なのにすごいなって」
少年は少し表情を緩めた。
「そうか、悪かったな。ここんとこ実入りが少なくてイライラしてたんだ」
「こちらこそ、いきなりごめんなさい」
「ルカとか言ったっけ……あたしはユッテ」
ん?「あたし」「ユッテ」??ええ?……ってことは。
「お、女の子ぉ!?」
「ど、どっから見てもそうだろうが!」
彼――いや、彼女は憤慨している。でも髪は短いしズボンだしそんな言葉遣いだし、どっから見てもってことはないだろうよ。
「ごめん……」
「まあ、髪はこないだ売っちゃったからな……しょうがないか。おい、ルカ。友達になりたいとかいってたな」
ああ、確かに言った。女の子だとは思わなかったし。もしかして変なナンパだとか思われてる?
「友達になってもいいぞ」
「へ?」
「その代わり、頼みがある」
「……え? なに?」
「字を教えて欲しい。ちょっとでいいんだ。お前教会の学校に通っているんだろ!?」
一気に言うと視線をそらすユッテ。
「そんなことでいいの? じゃあ、ぼくからもお願い」
「なんだ?」
「――
友人なら、対等であるべきだ。ユッテはちょっと考えて答えた。
「
「でも色々知っているだろう?」
「まぁ、仲間うちで情報交換はするし、お前よりは詳しいよ」
「なら決まり!」
俺はひょんなことから、ちょっと変わった友人を得ることになった。俺は下校時に広場の噴水前でユッテの都合のつく時に落ち合おう、と約束した。
*****
――翌日。空はあいにくの天気で、小雨がぱらついている。雪ではなく、雨。もうすぐ春も近いのだ。そんな天気だから居ないだろう……そう思っていたが、ユッテは広場で待っていた。
「おう、ルカ。待ったぞ……って多いな」
「ごめん、ついて来ちゃって」
俺の後ろには、ソフィーはもちろん、ラウラとディアナ、フェリクスまでついてきていた。学校で事の顛末を話したら無理矢理くっついてきたのだ。心配しているんだろうけど。
「せっかく来て貰ったけど……この雨じゃ……どうしよう」
「なら、うちに来る?」
そう提案したのはラウラだ。
「たぶん、ここから一番近いし今なら父ちゃんも母ちゃんも仕事だし。もしかすると兄貴がいるかもしれないけど無視すればいいし」
さらっと無視する選択をされているラウラのお兄さんが気になるが、使わせて貰えるならありがたい。
雨から逃げるようにしてたどり着いたラウラの家はこぢんまりとした一軒家だった。家の中はリタさんの手入れが行き届いて整理整頓されている。無視するべきお兄さんは不在でほっとした。
「今、暖炉に火をいれるね」
ラウラは指先に火を灯すと、薪に火をつけた。俺たちは渡された布で雨粒をぬぐう。だが、雨の中俺たちを待っていたユッテはびしょ濡れだ。
「着替えを貸すからこっちきて」
「いや……悪いから」
「そのままじゃ風邪ひいちゃうよ」
ラウラのワンピースに無理矢理着替えさせられたユッテはちゃんと女の子に見えた。服がダボダボだけど。
「じゃあまず、勉強しよう」
俺はバッグから紙を取り出した。教室にある文字盤を書き写したものだ。これまでの書き取りの成果で字もだいぶ上手くなったな。
「これを覚えて貰う。ちゃんとテストするからね」
「え? ……できるかな」
いきなり他人の家に連れて行かれて、着替えさせられて色々と心許ないユッテが不安そうにつぶやく。
「これを覚えないと話にならない。いくぞ」
「なんかこの図、見たことあるな……」
フェリクスのぼやきは無視して、俺たちは勉強を開始した。
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