7話 奇妙なお客さん

 ようやっと『金の星亭』の経営が軌道に乗ってきた。月の売り上げの集計の為に、今日は早々に下の食堂も閉めて家族で屋根裏部屋に集まっていた。


「ルカの言う通り……この調子でいけば、宿の補修もできるな」

「とはいっても、宿を閉めている間のことも考えないと」

「えっ、宿を閉める必要があるの?」

「おやすみするの?」

「長年手入れが出来ていなかったのだもの。補修するだけにしても、それなりに大規模になると思うわ。それに厨房を直すなら料理も出せないし」

「しかし、なんとか冬がくるまでに窓と壁の穴は直したいところだな」

「そうねぇ」


 とりあえず、大工に見積もりを出して貰うということでその日の家族会議は終了した。秋のうちに改修をするなら、もっと空き室を減らさなきゃいけないな。『金の星亭』うちの宿の空き室率はなんと70~80%だった。今は少し改善して60%前後をうろうろしている。


 本当はもっと色々やりたいことはあるんだけどな。うち独自のサービスも展開したいし、人も雇いたい。それから風呂が欲しい。風呂は、俺個人のロマンの部分が大きいから後回しだけど。道のりは遠い。


 それから、家族だけでささやかな宴席を囲んだ。屋根裏部屋はクリューガー家の居室になっていて、父さんと母さんの部屋と俺とソフィーの部屋の間に居間をもうけてある。夫婦の寝室と子供部屋が離れているのは、あまり深く考えてはいけない。


 普段は厨房で食事を済ますことが多いが、今日は居間に料理を運び込んでいる。珍しく魚料理でうれしい。川魚だけど。海が近くにないので、手に入るのはコチコチに干した魚か市街を縦断して流れるロイン川で獲れる川魚だ。父さんも今夜は酒を口にしている。あまり酔っているようには見えないが。

 先月まで手元の貨幣をため息をつきながら眺めていたのが嘘のように、穏やかな夜がクリューガー家を包んでいた。




*****


 その次の日、『金の星亭』にちょっとした事件がおこった。


「すまない、ちょっといいだろうか」


 そんな声とともに現れたのは、皮鎧に身を包んだ褐色の肌の女性だった。


「まぁ、なんでしょう? うちにお泊まりですか?」


 母さんが柔らかに応対する。


「そうなんだが……」


 なんとも歯切れが悪い。一体どうしたというのだろう?俺がその女性に近づくと、そこには意外な連れがいた。真っ白い大きな虎とチーターの合いの子の様な獣だ。


「わあっ! わあぁぁぁ!」

「おおきいねこちゃん!!」

「白大豹か……珍しいな」


 俺が間抜けな声を出している横で、ソフィーは興奮している。父さんは全く動じていない。


「驚かせて申し訳ない」


 彼女はそう言って頭を下げた。


魔獣使いビーストテイマーの方ですか?」

「ああ、お察しのとおり私は魔獣使いビーストテイマーのタージェラという。実は先ほどこの街に来たところなのだが、行き違いで獣舎付きの宿に空きがなくてだな……」

「もしかして……」

「この子と一緒に泊めさせて貰えないだろうか」


 タージェラさんはより深く頭を下げた。


「ほかの宿には全部断られた。ここが最後なんだ、どうか」


 どうしましょう、と母さんの目が泳ぐ。


「滞在はいつまでだ」


 代わりに、父さんが会話に滑り込んだ。


「三日。三日経てば獣舎に空きが出る。それまでどうか」

「でも他のお客もいますからね……」

「その白大豹はうちの屋根まで登れるか?」

「え? ああ、問題ないと思うが」

「ならうちの屋根裏を貸そう」


 わーお。大胆な決断だ。


「ほ、本当かっ!?」

「ああ、ただし出入りは屋根の窓からにしてくれ。ほかの客が驚く」

「ありがたい」


 そうしてタージェラさんは、うちのイレギュラーなお客さんとして滞在することになった。カイという名の彼女の魔獣はタージェラさんが指さすと、その意を汲んだように音もたてずにヒラリと我が家の屋根に飛び乗った。


「すごい……」

「わあっ! かっこいいっ」

「ソフィーちょっと落ち着けって」


 大喜びのソフィーとやや引き気味の俺。


「こっちが屋根裏だ」

「かたじけない」


 父さんがタージェラさんを案内する。屋根裏部屋に上がって、窓を開けるとカイがするりと中に入った。


「この居間を使って貰うことになるがかまわないか?」

「ああ、問題ない」

「今、ベッドを運んでこよう」

「いや、必要ない。このソファを使っても?」

「かまわんが……そこで寝るつもりか?」

「野営にくらべればなんてことない。それに……」


 タージェラの視線が父さんの左腕に注がれる。


「これか。ベッドのひとつくらい運べるさ」

「なら私も手伝おう」


 父さんとタージェラさんはは階下の大部屋からベッドをひとつ移動した。ほんと、すごい馬鹿力だな。タージェラさんが滞在する間、僕らは空いている大部屋で寝起きすることになった。三日分の着替えと身の回りのモノをまとめていると、ソフィーがうれしそうに言った。


「おにいちゃん、りょこうみたいだね」

「自分の家だぞ、そんな変わるもんか」


 そういいながら、自分もちょっとわくわくしている。宿の部屋に泊まるのは初めてだ。大部屋は8人ほど泊まれるようになっているので、十分な広さがある。三日くらいなら苦にはならないだろう。


「食事はどうする? 部屋まで運ぼうか」

「できればそうしてくれるとありがたい。カイの分は自分で用意する」

魔獣使いビーストテイマーが一時も従魔と離れたがらない、ってのは本当なんだな」


 おい、父さん。一番魔獣使いビーストテイマーに興味津々なのは、父さんじゃないのか?ソフィーも大概だけどな。あいつはどっちかっていうとカイをずっと目で追っている。うちは宿屋だから動物は飼えないもんな。


 それから父さんとタージェラさんは、なんだか楽しそうにヘーレベルクの迷宮ダンジョンについて話していた。それに比例して母さんのご機嫌がななめになっていたが……。

 タージェラさんは自分の出入りも屋根裏の窓からしているらしく、その後食事の時以外見かけることは無かった。


「ルカ、食事を屋根裏まで運んでくれない?」

「はーい」


 タージェラさんの滞在の最後の夜、母さんに頼まれて屋根裏部屋に足を踏み入れた。するとそこには、カイのフワフワの腹毛に包まれて眠るソフィーがいた。


「ソ、ソフィー!」

「ああ、ルカ君……だったかな。君の妹は眠ってしまったみたいだな」

「すみません……ほら、ソフィー起きろ」

「うーん、もふもふもふ……」

「ソフィーったら!」


 タージェラさんはそんな俺等を見て笑っていた。カイはどこ吹く風というすまし顔をしている。


「食事が終わったら呼ぶから、それまで寝かせておいてあげればいい。ところでルカ君」

「なんですか?」

「あれはクランの旗か?」


 指さした先には居間に飾ったタペストリーがあった。


「たぶん……そうだと思います」

「ここは『金の星』と関係が深いのか?」

「ああ、うちの爺さんがクランを率いていてここは元集会所だったらしいです。」

「なんと! そうか……」

「『金の星』のことを知っているんですか?」

「ああ。子供の頃、いつか『金の星』のクランのメンバーになるのが夢だった」

「そんな有名だったんだ……」

「有名なんてもんじゃないぞ。劇や歌にもなっているし、私と同年代の冒険者なら知らない者はいないだろう」


 ――……劇や歌。あああ、絶対見たくない。なんか恥ずかしいもん。


「すみません。なんか今はこんなさえない宿になってまして……」

「いや、これも何かの縁だ」


 そう言って彼女は、目を細めて金糸で織り込まれた『金の星』のシンボルをずっと眺めていた。




*****




 翌朝、降りてこないタージェラさんを起こしに屋根裏にいくと、そこにはタージェラさんが居た形跡は一切なく、もぬけの殻だった。

 ただひとつ、居間のテーブルの上に書き置きと金貨が置いてあった。そこにはこう記してあった。




 ――「過ぎ去ったかつての夢と、これからの夢に」




「金貨なんて貰いすぎよ!」


 突然舞い込んだ結構な額に、母さんはギルドを通じて返却してもらうおうとしたがすげなく断られた。迷惑料としてとっておいて欲しいとのことだった。俺は、クランの旗を見つめるタージェラさんの横顔を思い出していた。

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