真っ白の町

 冬の寒い日の話。

 この町は人口が少ないからひどく静かだ。

 老人は畑仕事に勤しみ、元気のある若者は皆、都会へ働きに出た。

 町に残る数少ない若者は腐ってしまった者ばかり。

 この町は全てが止まっていた。

 しかし、とある若者だけはこの町に腐らず一人で生きていた。

 彼は自分一人で町一番の農場を営み、人口の多い隣町に作物を配送する仕組みをたった一人で整えた。この終わった町で輝くただ一つの希望。そんな存在だった。

 町の老人たちは彼に感謝し、若者たちは馬鹿な奴だと呆れた。

 今日はこの冬一番の寒さだった。外は大吹雪に見舞われて、どこへ行こうにも見渡す限りが真っ白で、すぐ道に迷ってしまう。町の人たちは自宅にこもって、暖房に当たっていた。暖房と言っても、こんな田舎でエアコンがあるような家は稀で、皆ほとんどが灯油ストーブにあたっていた。

 灯油ストーブほど非効率的な暖房機器はない。灯油が切れるたび、タンクに灯油を汲んで来なければならないし、そもそも灯油缶の灯油が切れたら、この寒い中外に出て灯油を買って来なければならない。暖まるためのプロセスとそれによって得られる暖かみが釣り合っていないのだ。

今日もまた灯油を切らした一人暮らしの老人が、灯油缶をもらいに町の中心部に来ていた。

 老人はこの吹雪の中をここまで歩いて来るのがやっとで、家まで灯油缶を持って帰るのは不可能に思われた。一人暮らしの老人にはやはり絶望的な作業である。

「助けてくれ…」

 老人は誰に言う訳でもなく一人弱々しく呟いた。

 そこにあの若者が、老人の言葉を聞きつけたかのように、どこからともなく現れた。彼は老人の灯油缶を持ち、

「私があなたの家まで運びましょう」

と言った。老人は心底助かったという表情で礼を述べる。

 雪の中を右往左往しながらも、ようやく二人は老人の家にたどり着いた。

「じゃあこれで…」

 若者は灯油缶を置くと、身支度を整え帰ろうとした。

「待ってください。お茶くらい飲んで行ってくれ。頼む。」

 老人は必死にそれを引き止める。何の恩返しもせずに帰すのが忍びなかったのだろう。

 老人は帰ろうとする若者をついさっき運んだ灯油を使って点火した灯油ストーブの前に、半ば無理やり座らせ、温かいお茶を入れる。

「お茶です。」

「わざわざありがとうございます。」

「ところで、あなたのお名前は。」

「私に名前はありません。この町で生まれ、気がついた時は一人でした。」

「そんな…」

老人にとってそれはあまりに衝撃的だった。この若者は、死んでしまった町でずっと一人だったのだ。そんな悲しいことがあるだろうか。

「あの…何かお礼をさせていただきたいです。何か私に出来ることは…何でもいいんです。」

「私はあなたとお茶を飲めた。それだけで満足です。これ以上私には何もいらないんですよ。」

若者は微笑む。その笑顔はこの町にある何よりも温かかった。

「なぜ私を助けてくださったのですか。」

老人が尋ねると、若者は少し考えて、

「私は、この町が好きなんですよ。それだけです。」

そう答えた。

「それじゃあ、本当においとましますね。お茶美味しかったです。ありがとうございました。」

「あ、待って。」

老人が止める間も無く、若者は家の外に出てしまった。老人は慌てて追いかけたが、外は真っ白の世界が広がっているだけでどこにも若者の姿は見当たらなかった。

 若者は老人の家を出た後、あてもなく歩き続けた。

 若者はここらで終わろうと思った。そもそも今から死ぬつもりのところで、あの老人を見つけて助けたのだ。少しでも楽しい時間を延長出来たのだから、老人には感謝の気持ちでいっぱいだった。

 彼はもう自分がどこを歩いているかもわからないでいた。それでも彼は満足げだった。

 やがて力尽きた若者は雪の中に倒れ込んだ。そろそろ限界だった。雪は降り続け、若者の身体に降り積もる。

 そして、若者の身体は完全に雪の下に埋まってしまった。もう誰も彼に気づくことはない。

 町は完璧な白に包まれた。それは光でも闇でもない。ただ漠然と広がる白だ。

 その町の雪はいつまでも降り続けて、二度と止むことはなかった。

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