瑠璃に対する突破口
空の真意を、価値観を、しいて言うなら美学を、瑠璃はどこまでわかっているのか――。
「そんなこと言わないで。春のこと……わかってあげられるでしょう? 春は空の弟なんだから――」
「……血のつながりがあるからってわかるもんでもないよね、そういうのは。わかろうとしていないわけじゃないよ。わかろうったってわかんないんだ。しょせんは他人だもん。べつにあたしは春と仲が良いわけではないよね。だから、なおさらわかんない」
「空までそんなことを……弟に対して、冷たいと思わないの?」
「……母さんからすれば冷たいのかもしれないけど、この際言わせてもらうよ」
どさくさに紛れてかもしれないけど、と空はつぶやいた。
「母さんの距離感はちょっと熱すぎるよね。家族だからって全部わかりあえるわけじゃないし、結局、理解できない範囲は残るし、友達のが理解し合ってるところもある。あたしはそういうもんだと思うよ」
「でも、家族でしょう? 血のつながった家族よ、どうしてそんな、突き放したようなことが言えるの。あなたは弟が大事じゃないの?」
「……あたしも突き放してないってば。父さんだってたぶん突き放してないよ。ただ……家族だからもう、わかり合わなきゃいけない、心配しなきゃいけないっていうのが、違和感あるだけでさ」
「家族ってそういうものでしょう――」
「……やめなさい。瑠璃も、空も」
今度は、咲良が瑠璃と空を言葉で止めた。
「瑠璃の言ってることも、空の言ってることも、どちらももっともだと思う。……家族だからと言って、すべてがわかり合えるわけじゃないだろう。でも家族だから、わかり合えるだろうと思う、その価値観自体は、世の中に確かに存在するものだと思うよ。そして僕もそうだけど、空も彼を……春を、突き放しているわけじゃないと思うな。それだけは確かだよ。……瑠璃には、その価値観では足りないかもしれないけどね」
「……父さんがそんなにしゃべるの初めて見たかも」
「空たちの前ではあまりしゃべらないひとだものね」
そのやりとりに対しては、咲良は特に何か言わず、沈黙していた。
「……空。春について何か知っていることが、あるんだね」
空は――ゆっくりと大きくうなずいて、父親の言葉を肯定する。
「……先生」
咲良に、自分が呼ばれたのか――と気がつくまで、寿仁亜にしては珍しく、一瞬のラグがあった。
「何か……お役に、立てそうですか」
「ええ……それは、もう。非常に助かります。情報を提供していただけるのならば……」
「娘の持っている情報が、お役に立てる情報かはわかりませんが」
「かまいません……今回の事件は極めて困難で、いかに些細に思える情報であっても、ぜひおっしゃっていただきたいのです」
「……情報の価値は、あたしにはわかりません。でも」
空がちょっと困ったように、顔をしかめて言い出した。
「春にとっては、たぶん……些細なことではありません」
「もちろんです、それは、もちろん」
柔軟なようでやはりどこか頑固な空の誤解を、寿仁亜はとっさにほぐす。
だが――やはり瑠璃のほうが、もっと頑固で、……やはり頭が痛くなるほど厄介だった。
「――春の大事な情報を、今日会ったばかりのひとたちに、あなたは話すというの空」
「母さん、当たり前だけどべつにあたしは噂話をしたいわけじゃないんだ。そんなのあたしは趣味じゃない。このひとたちは事件を解決しようとしているんでしょう――」
「そうだけど……そう、だけど」
「今日会ったばかりのひと、って言うけど。……あたしはよく知らないんだけど、そこにいる冴木先生って、春を卒業させてくれた恩師の先生なんでしょう? ……母さんだって、冴木先生を頼ってここまで来たはず。このひと……えっと……依城先生は、冴木先生とチームを組んで、問題解決にあたってる。……ってことはさ、それは冴木先生にお願いするようなものでしょう?」
「……僭越ながら、僕も学部生時代の春くんのことはよく知っているんです。テストを採点させてもらったりしましてね……」
「――そうなんですか?」
瑠璃の眼の光が――急に、変わった。
……健全とも言えるきらめきを取り戻した。あるいは――そのきらめきは、世間では俗に「まとも」と呼ばれるものか。
寿仁亜は思った。
そうか。突破口は。――ここだったか。
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