死ねない標本
……このまま。
生きられるのだろうか、僕は、生命を、維持できるのだろうか。
失神しない程度に……だからたぶん生命を維持できる程度に……最低限のギリギリのラインをスレスレで、攻めてきているとわかる。
それほど、あとわずか、ほんのわずかでも踏み込まれれば死にそうだった。
言葉の綾ではない。身体が機能しているのがだんだん不思議になってきた……全身が、痛くて、痛くて、痛くて、……そのうえ寒くて、凍りつきそうなほどに寒くて、このまま、このまま、……このまま僕は肉体を保てるのか、不安になってきた、
たぶん、おそらくだけれど僕の試みがうまくいけば僕のこのボロボロの状況さえどうにかはなるのだけれど――でも。ならなかったら。そのとき僕は。……死ぬのだろうか。
それとも――このギリギリの状況で、生かさず殺さず、というよりは生き地獄、痛みに満ちていますぐ命が終わってくれたほうがたぶん楽で、だから死なせてくれと、こんな状況ずっとつづけば死なせてくれといずれは言い出す、そんな、状況が、……死ぬほうがマシだと心のなかで叫びつづける状況が、何十年も、技術が発達して下手したら何百年とか何千年とかえんえん、えんえん延命されて、ただただただただ死ぬことだけに焦がれる笑いものとして生きていく、と、いう、
永遠につづく、終わらせてはくれない生き地獄。
もしかしたら。
もしかしたらだけど。
……化と真は、僕のそんな未来を思いえがいているのかもしれない。
それこそ、もしかしたら、……もしかしたらだけど、もしかしたら、南美川さんといっしょに。
美しい虫を、たとえば蝶々を永遠にとっておきたいときには、その蝶々をピンで留めて標本にしておく。死んだままずっとその身体は美しい。観賞用としてのみ、美しい。
そこに命はもうないけれど。それはむしろラッキーなことなのかもしれない――すくなくとも、それ以上苦しむことはない。
死ぬことだけに焦がれる惨めな存在にされることは、いわば、死ねない標本にされるということ、なんじゃないか。
……どっちが苦しいのかなんて、もちろん、僕にはわからないけれど。
そんなこと言い出したらもう、たぶん生まれてきたこと自体が間違っていたんだろうから。
なぜ、生まれたことをなかったことにできないんだろうな。つらい、と感じた瞬間に帳消しにできたならばいい。死ぬのではない。なかったことにするんだ。
死にたい、と願ったところで簡単に死ねるわけではないし、死ぬことだって、苦しい、いちど死んだらもう二度と生まれてはこないと保証書をつけてもらえるわけでもない――死後の世界? 冗談ではない。死んだあともなお、ひとであることを、人間基準を要求されて生きていかなければならないかもしれないじゃないか。輪廻転生もそういう意味では話にならない――それはある程度の基準に達するまで繰り返される、えんえんと、合意なく参加させられる、……より上位になるための闘いだ。いまの世のなかと、そう変わりはない。
苦しい、と感じたらすぐに消してくれればいいのにな。なんの不利益が、不都合があるんだろうかそれで。……世界。最後の最後まで――劣等な存在を、苦しめたいのだろうか、懲罰のように、……痛みを、苦しみを与え続けたいのだろうか。
……空をあおぐ。
のっぺりと夕焼け小焼けのような色を、表情を見せているけれど、現実味のまるでない空を。
……ああ。ひさしぶりだな。頭ではわかっていたけれど、ここまで、心から感じるのは。忘れていたんだ。けっきょくのところ、僕は。大事なことを……僕自身の存在と、その価値のなさを。だから、……罰が当たったのかもしれないよな。
よそ見してんじゃねえと知らない男性が怒鳴って、司祭がひとびとに命じるまでもなく、モノや石が、投げつけられる、……塩を至近距離から落として足で刷り込んでくるひともいて痛い、ああ、この感想もひさしぶりだ、それはすなわちあえて一言で言うならば、……なんだか、もう、ぜんぶ、どうでもいい。
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