人権蹂躙と諦め

 ……だけど。

 化と真は――大切なひとがいなくなったり酷く害されてしまえば心が揺れるどころではなく揺れる、……乱れるという心理を、利用しているのかもしれない。どこまでが必要なもので、どこまでがいわば趣味なのかわからないが――楽しんでさえいるのかもしれない。


 高校時代はともかく、今回に限っては僕をいじめてくるひとたちは、大切なひとをわけもわからず失ったことによる感情の行き場がなくて、ぶつけてきているようにも思える。

 大切なひとのために。



 おそらくだが、ほんとうは、逆だ。

 Necoのいない世界。……僕の予想がどれだけ合っているかはわからないけれど。

 サクリィゲームが完成されてしまえば、彼らの大切なひとへの想いはますます、報われない。



 僕が罪人だと認定されると、最後僕が犠牲となって、サクリィゲームは終わるらしい。サクリィゲームを完成させてはいけないのだ。ルールもなにもかもが不明瞭で、ゲームと言えるのかどうかも怪しくて。ゲームのイベントを真似たかのように、次々にいろんなことが起こるけれど、……じゃあけっきょくこの空間の真意は、彼らの真意は、どこにあるのか。

 彼らが――化と真がこれをゲームと言っているのには、彼らなりの理由があるはずだ。でも、それは本質的な理由であるのかどうかは、わからない。彼らがただゲームが好きなだけ、という可能性もある。



 推測でしかないけれど――なにかフラグを順番に立てているのではないだろうか。

 フラグを立てたり、立てなかったり、そうしてゲームは進んでいく。



 この世界にフラグがあるのだとしたら、あるいは、……フラグに似たなにかが存在する世界なのだとしたら、彼らがそれをセンスの良いつもりでゲーム、と呼びはじめても――まあ、おかしくはないのかもしれない。



 ……水晶の、世界も。

 獣化したひとや、植物になったひとも。



 はたして本質的にはどこまで、意味があるのか。それは本題なのか、それとも、カモフラージュなのか。なんらかの目的によるものなのか、それとも、ただの趣味なのか。

 ……南美川さんに聞いておけばよかったな、と思った。妹と弟は、たとえばゲームを作ってみたいとか、こういう世界を作ってみたいとか、話してなかった? って――。



 ……わからない。

 これ以上は、……いまは。


 突き詰めれば、僕に確実にわかることはこの世界にはNecoがいないということだけだ。Necoが働かない――それだけで、世界はこんなにも滅茶苦茶になる。


 物理法則を変えるのも、人のいのちやかたちが勝手に奪われていくのも、……己のマイルールで世界をつくるのだって好き勝手にされる、……Necoがいない世界は、こんなにもまあ、……良く言えば自由奔放な世界となるのだ。


 もちろん、だれにでもできるわけではない――世界をまるごとひとつ、つくるなんて。あのふたごだから、できる。もちろん、わかっている。



 大切なひとを目の前で奪われたひとびとの心理を利用したい、そのためだけだとしたらずいぶん大がかりな世界をつくったものだけれど、……化と真なら、やりかねない。

 世界をまるごとひとつつくって、そのなかでひとびとの大切なひとを奪って、世界を変質させてパニックを起こして――そこまでお膳立てしてやっと、……僕の人権侵害、言い換えれば人権蹂躙が起こせたのかもしれない、僕自身も信じられないのだけれどどうやら僕という人間は社会ではいちおうは――人間として扱われていて、だから人権をもっていて、社会でおおっぴらにはその人権を蹂躙できないらしいから。

 彼らの能力をもってすればできるのかもしれないけれど、いちど南美川家からネズミのように逃げ出した僕を、今度こそは大規模なワナにかけようとしているのかもしれない。



 ……まあこんなふうに状況の分析の真似事をできるようになっただけ、いじめられるだけで精いっぱいでなにか考える余裕なんかなかったあのころより少しは進歩しているのかもな、なんて自分自身に対して多少のそんな感想を抱いたけれど――だから、なんだ、という話でもある。


 状況を、すこし考えられるようになった。すこしは客観的にというか、俯瞰的に見られるようになった証かもしれない。

 でもそれが成長だとは限らないし、そんなキラキラした言葉で自分のことを言い表す気も毛頭ないし、そもそも、おそらくそんなポジティブなものではない。


 それはいじめられる立場に慣れただけかもしれないし。わきまえただけかもしれない、僕が、ある意味では。

 自分がいじめられる側の人間なんだと、それに値するのだと。



 ……人間未満はどこかでこういう諦めをするのかもしれない。

 ずっとずっと、抵抗していたら心がもたないから。

 それは、態度での反抗のみを指さない。たとえばプライドをもつことだ。自分は本当はこんな扱いを受けていい人間ではない、不当だと思って心のなかでは反発し続けること。見てろよ、いずれは絶対に自分の存在の価値を証明してやる、と意気込むこと。負けない。挫けない。いずれは正義が自分自身の存在の不遇さを証明してくれる、と信じること。あるいは、健気に誠実に日々を耐えていればいつか人工知能の王子様が助けてくれる?


 ……そんなわけない。

 当たり前だけど、くだらないほどに、そんなわけは、ないのだ。


 いちど人権をうしなってしまったらよっぽどの例外を除いて生涯そのままだし、よっぽどの例外のほうに自分が入れると夢想するから劣等であるともいえるのだ。いまならわかる。高校二年生のクラスを決めるとき、研究者志望クラスに入ろうとしていた僕を、要は身の程知らずだと止めた一年生のときの担任のあの優しい先生は――正しかったのだと。



 だから、どこかで諦めをもたなければならないのだろう。

 心を壊すことも含めて。僕はそうして、高校時代を乗り切った。ああでもしなければ生きていられなかった。だから、間違っていたとは思わないけれど、正しかったとももちろん思っていない。……いちど壊してしまった心は、ずっと元に戻らないことも知ってしまった。テープとのりで、ペタペタ修復できるという類のものでもないんだな、こればっかりは、不便なことに。

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