憧憬と現実
――そんな思考を、頭のなかで連ねていた。
自分が、どこまでおかしくなってしまったのかもわからない。思考の表面だけをなぞっていけばまともなようで、でもそうではないのかもしれない。
今日のサクリィゲームの工程、……というよりは僕に対するいじめのお祭り騒ぎが、暮れていく時間とともに、おそらく、……おそらくだけれどもうすぐで終わりそうだった。
司祭がなにか総括のようなものをひとびとに話している。ひとびとは真面目に聞いている。僕は四つん這いのままでいるよう命じられているから、そうしている。もう身体は限界だ、ほんとうは限界などとっくに超えているのだろう、四つん這いの体勢を保っているのもやっとだ、……でも身体が崩れて四つん這いの体勢が崩れてしまったら、またひどい目に遭う。……叩かれる、蹴られる、殴られる。
昼、もう何度も痛い目に遭った。だから――いま身体が限界だとしても、気力で、もちこたえている。
いじめを受けるというのはそういうことだ。
僕は四つん這いになって、髪を垂らして目を見開いて、身体が崩れ落ちないように必死に四つ足で耐えている。
……伸ばした髪でいくら顔を隠しても、ほかがすべて剥き出しでは、なんにも意味がなくなってしまった。
水晶の地面に両手をついて、つくりものみたいな夕暮れを反射する煌めきに、自分自身の肌色と黒い髪がわずかに映る。煌めきはひとつひとつ破片のように分散していて、自分自身が、分散したかのような錯覚を覚えた。
呼吸は荒い。吸っても吸っても、肺に空気がいかない気がする。ひゅうひゅうと、胸かどこかに穴でも空いてしまったんじゃないかという音が鳴り続けている。実際、穴が空いていたとしてもおかしくないほど、全身が苦しく酸素が足りていない。
これで熱ければ汗だくだっただろう。劣等な存在にしかわからないだろうけれど、いじめられるというのは体力を使うのだ、身体も火照るし、だから暑い季節だったら汗がぽたぽたと出てくる。ほんとうに気持ち悪い汗で――気持ち悪い、とさんざん言われたけれど、……そんなこと、僕がいちばんわかっていた。
寒い、はずだ。真冬の公園で、ずっと服も着ないで過ごしている。でももう、あまり感じなくなっていた。ただ空気が痛いと感じる……これが寒いということなのかもしれない。
僕の身体はどこまでボロボロになっているのか。
自分でも、わかりかねた。
……早く解放してほしい。
今日、いますぐ、……夜のあいだだけでいい、朝までのあいだ、ひとりにしてほしかった。
四つん這いの体勢を保つのも楽ではないのだ、身体が……崩れる……早くしてくれ……。
「きよめましょう。彼のために。祈りましょう」
司祭はそう言って、なにかをひとびとに配った。ひとびとは、小さな包みのようなものを恭しく受け取る。
……やっと終わりか。
早く、帰ってくれ……毎日公園のどこか、僕にとってはもう遠く遠くに感じるあたたかい建物、あたたかい食事とあたたかい寝床、おまけにあたたかい浴場までもがあるらしい、天国のような場所へ……僕は連れていかなくていいから、……連れていかれたところでどうせろくな目には遭わないけれども、ともかく、いまの僕にはやることがあるから――早く、ひとりにしてほしい。
痛みのように冷えるここに僕をひとりで放置して……いますぐ、全員で去ってくれ、そして夜はワインを片手に乾杯でもしながらひとりで凍えたまま放置されている僕を酒の肴に盛り上がってくれればいい、……それでいいんだ、そうすれば……すくなくとも、集中してプログラミングができる……あたたかい建物、食事、寝床、浴場、そんなものへの憧憬はとっくに捨てた、もちろん、ほんとうはほしくないわけがない、……あたたかさなんていま貰ったらすべてがとろとろになってどれだけ心地よく、気持ちいいことだろう、あたたかさ、そう、あたたかさはほしい、ほんとうはほしい、うらやましい、……簡単に手に入る身分の人間たちがうらやましい、でも、……でも、僕にはあたたかさなど過ぎたものだと、心のなかで、捨てなければならない。
こちらから捨てなければ――自分の心が、守れないから。
「そうです。彼のために――」
司祭は、こちらを向いた。
「塩を、塗ってあげましょうね」
のっぺりとした、笑顔。……ひとびとは、またしても残忍となって顔をしかめたり神妙な顔をしたりニヤリと口の端を歪めたり、した。
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