十日目、公園

みそぎの世界

「土下座だよ! 土下座!」



 懐かしいデジャヴを感じる、などと言ったらもっと怒られるんだろうなと思った。



 いまは、みそぎの真っ最中。



 広場。昨日、僕が罪人であると決定した。

 今日からは、みそぎ。

 僕の罪をみそいでいただけるらしい――ありがたくも。



 だから、僕はもはや一面水晶に変質した、幻想的で美しくもあまりにも静かで寒くて凍えて不気味な世界の、広場の真ん中で、ほんとうにほんとうにありがたくも罪をみそがれていくのだった――従うしかない。



 相変わらずお遊戯会みたいな司祭の服を着た影さんは、腕組みをして水晶でできた樹林のそばにずんと存在感を放ちながら立って、ひとびとの相談を受けている。要は、僕の罪をどうみそごうと――それはつまり、僕をどう辱めてやろうかという相談だ。




 僕の罪は、僕が心から反省すればするほどみそがれるらしい。

 きれいになれるらしいのだ。すばらしいことに。

 そして罪がみそがれなかった場合――



 

 僕は、十五日目に、公園のひとびとの大事なひとたちの命やからだを奪った罪で、殺されるらしい。




 いまも樹林の一部には、人間のときのままのグロテスクな体を晒したまま樹木となることを強いられたひとびとの残骸のごとき水晶の木々が、叫び助けを求めるかたちで、……固められている。



 楽しい楽しいサクリィゲームは続いた。おそらくは、滞りなく。

 そもそも、なぜゲームなどという形にしたのだろうか? 化と真、あのふたごに会ってみたらぜひとも聞いてみたい、家に行ったら今度こそお茶でも出してもらって楽しく談笑できるのだろうか、……冗談じゃない、僕のことを一度捕まえておいて受けた仕打ちは、閉じ込め、監禁、僕の精神を高校時代にまで逆行させること。



 きっとそれだけでは足りなかったんだ。彼らは。もっともっと遊びたかったんだね――などと言ったら、ふたりとも怒るだろうか、怒ってくれるのだろうか、……いや、ありえないな、彼らが、僕のことなど同等な人間とみなしているとは、思えない。


 まあ、とはいえ、これがゲームであることには僕も同意だ。

 僕がどれだけ惨めたらしく愉快に振る舞えるか、根くらべをしているようなものだから。いいよな――いつも、いじめる側は楽しむだけでよくて。

 こちらは身体を張り人権をなくし、……尊厳までも、すべてぐちゃぐちゃにされているというのに。



 ……身体も、痛む。

 もう限界が近いことを、高校時代にさんざん限界を迎えた僕は、わかっていた。……このままでは、殺されるまでもなく命が危うい。




 しかし。

 昨日まではまだ、身体的な暴力だけで済んでいたのだとも言えた。

 さばきというものが身体的な暴力だとしたら――




 みそぎは、精神的な暴力。より正確には、……身体的な暴力に、トッピングのように追加される。




 僕の服はすでにすべて剥がれた。この寒いなか、意識を保っているだけでも褒めてほしい。そして内心ではまだこんなふうに思考する余裕があるが――実際には、すべての服を剥がれた状態で正座した膝の太もものあたりを見下ろすことしか、できなかった。……やたらと澄みわたった晴天に晒され、生えた毛とともに隠すこともできない生まれたままのすがたの、それはそれは醜い僕の、肌。



 ずっと徹底的に隠してきた。気持ち悪いから。僕の身体は気持ち悪いから。それなのにまた、晒すことを強いられている。今度は、南美川さんの妹と弟から。

 頭ではわかっている、僕にはやらねばいけないことがあると。わかっているんだ。高校時代と、いまは違うと。ただゴミクズとして扱われていたあのころとはちがう。けれど。……けれど。




「いいから早く、土下座しろよ! 土下座!」

「やだあ、震えてる、罪人のくせに」

「ねえ、服も着てないで、……くすっ、恥ずかしくないのかなあ?」

「罪人だから当たり前だし、恥ずかしいと思ったら罪人だって司祭もおっしゃっていたわ!」



 大勢のひとびとが憎々しげに、かと思えば楽しそうに嘲笑ってくる――ああ。おぼえがある。僕は。戻ってきてしまった。……この世界に。




 ただでさえ身体など晒したくないのに――服を剥かれた状態で土下座を強いられるということの意味がこのひとたちは、わかっているのだろうか、……わかっているのだろうな、だってここにいるひとたちはすくなくともみな、人間のはずだから、……僕よりずっといろんなことがわかっているはずだから、だから、だからこそ、――意味がわかったうえできっと僕に命令をしてくる。




 頭と心が……だんだんと、一致しない状況になりつつあった。身体的な暴力はまだ、思考に制約をかけても、心はどうにか持ちこたえていた、……それだって危なかったが。しかしいまは――頭では、もちろんわかっているんだ。僕は南美川さんの歩行ノルマを達成する。南美川さんの歩行ノルマを達成する。……そのためにやることは山ほどあって、僕はだから、高校時代の自分ではないと。




 けれど――こんなあられもない格好でそんな、屈辱的なことを強いられた途端、自分でもおもしろいほどおかしいほど自分で自分を晒し者にしてやりたいほど、……心が、あのころに舞い戻ってしまうらしかった。……おかしい、ほんとうに、僕は自分自身がおかしくて、おかしくて……やっぱりほんとうは、人間に値しない存在なんだな、と否応なしに思い知らされる。

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