非デジタル情報の功績

 冴木教授が公園内部の映像化プログラムを創っているあいだ、寿仁亜と見槻と木太とジェシカは力を合わせ、犯人にブロッキングされた探知プログラムを強化して創り直した。


 冴木教授はひとりで、しかもいちからプログラムを創って乗り越えたであろう犯人の妨害を、こちらは乗り越えるのに四人がかりでプログラムのテイクツーを行っただけではあったが――しかし本当は逆なのだ。ひとりでできることを四人でやったわけではない。……冴木銀次郎というプログラミングの化け物ひとりがやることを、四人がかりならば達成できた、ということだった。

 見槻も木太もジェシカもそして恐れ多いが自分自身も、いずれは冴木銀次郎に匹敵するレベルまですすめる可能性を秘めているという意味では――あくまでも、……冴木銀次郎のような存在の、まだ年若く未熟な存在である、と思うべきかもしれないが。



 客観的に見て大層なことを成し遂げたのはたしかだ。……これで人工知能専門家ではないのか、と戦慄する相手だった。デザインキッズは底知れない――頭では充分理解していたが、まだ、心が理解していなかったようで、四人がかりでプログラミングをしながら寿仁亜の心は粟立っていた。反応のタイプは違えど――衝撃を受けあっけにとられていたのは、ほかの三人も同じことだろう。



 だが、しかし、やり遂げた。

 そんな相手が仕掛けてきたハッキングの一枚上手をいくプログラムを、組んでみせたのだ。

 相手のハッキングに秒未満単位でつねに対応できるよう、波形を描くプログラムを組んでみせた――もちろん向こうも同じ速度で対応してこようとしたが、……蓄積されたあらゆるプログラムのパターンを攻守ともに多様な角度から次々と繰り出してみたら、少々反応にラグが生じる場合が出てきた。

 その小数点未満の、ずっと未満のラグが決め手だった。ともかく、数だった。精度では勝てない。向こうには。悔しいが、認めたくないが、認めたくないということを認めることすら普段は勝ち続けるのがデフォルトの寿仁亜にとっては悔しいが――しかし、事実だった。

 数で推し切れただけ、僥倖だった。まるで自分には向いていないやりかただった、と寿仁亜は思うが、しかし、そんなことも言っていられなかったのだ――数で押し切るなどスマートではなく、恵まれていない者のやりかた。……自分がそんな手を使う日がくるとは、ずいぶんな勉強になった。

 ぶつけたのは、外部にはまだ非公開のプログラムパターンだ。人工知能の専門の大学だからこそ蓄積されていたものでもある。……多くのもっとも専門的な知識の多分に漏れず、あえて、デジタルではなく非デジタルのアナログペーパータイプの書籍で。



 予想通り――非デジタルの、非公開の情報に対しては、犯人たちは若干弱いようだった。



 それは、おそらく。

 十中八九、間違いなく。



「……南美川具里夢と叉里奈についてはわかりませんが、真と化が犯人であることは、間違いないでしょう」



 犯人である彼らが――国立学府の学生で、しかも大層優秀だから。

 デジタルであればありとあらゆる情報を、うまいこと手に入れられるのだろうから。




 ……先人の知恵というものも。

 やはり、役に立つものだと寿仁亜はあらためて思う――その考えは現在ではまだ認められない、とわかった上で。


 情報はすべてデジタル化してしまえ、という論調は近年になってますます盛んとなってきた。アナログペーパーの情報は保存性が懸念され、記録されたペーパーがなくなってしまえば情報ごと吹き飛んでしまう、なんとも、信じがたいほどあっけない存在だ。


 情報をまもるなら、全情報デジタル化一択。ひいては、非公開の情報など不公平であるからなくすべきで、ともかくすべてをデジタル・アーカイビリティ、つまりはデジタルアーカイブ化するべきだと――寿仁亜の少し上か同年代くらいの若手の研究者たちはしきりにそう主張してたが、寿仁亜はこれからもっと堂々と反論できると確証をもった、……公園事件は、すべての情報をデジタル化することを避け、一部重要な情報はアナログペーパーで保持していたからこそ、解決に導けたのですよ、と。

 そのためにも、まあ――公園事件を早いところ解決しなければならないが。



 すべての情報をデジタル化してしまったら、その根っこをわしづかまれてしまった場合、すべてが、その人間の手中に収まってしまうのだから。

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