Grim本部へつづく扉

 速度を上げたおかげか、比較的すぐにGrim圏にたどり着く。

 Grim――この言葉には人工知能という意味と男性の集合体という意味と個々の男性という意味など、複数の意味があるから関係者は人工知能Grim、Grimたち、個人Grimなどといろいろ言い分けているのだけれど、今回は人工知能Grimという意味だ、人工知能Grimにとって人間はまず二種類に分けることができる。人工知能Grimが立ち入りを許可している人間と、していない人間だ。


 南美川具里夢と南美川叉里奈は、許可されている側に入る。南美川具里夢はむかしひとつ大きな問題を起こしたものの、いまでは反省して罪を償い立派なひとりのGrimと成った――あくまでも、建前上は。

 南美川叉里奈は、Neco圏で具里夢と名乗るGrimをサポートする、組織Grimに忠実なアンドロイドだ。あくまでも、建前上は。


 Grim圏とAin圏の境目はわかりづらい。Grimは複雑な演算によってAin圏との境目をつねに定義し直している。公共人工知能でもないのだから、自分たちの定義で境目を定めることができる。

 一定に定めてしまえば、ぎりぎりまでAinや他人工知能圏のロボットたちが見張りに来るに違いない。他者からの干渉を嫌う人工知能Grimにとって、それは望むところではなく、だからこそつねに境目を変化させていた――組織Grimのほかにはなんにもない、生き物もろくに生きられない乾いた広大な砂漠の広域において、ランダムで境目を定めることにより、Grimは、たしかに他からの干渉を防ぐことができていた。



 Grim本部の入り口は、砂塵に見え隠れする扉のように見えてくる。

 最初はぼんやりと、やがて、輪郭とともにはっきりと。


 なにも知らなければ広大な砂漠にいきなり現れたかのように見えるその扉の前には、二体の監視用ロボット、三体の軍事用ロボットのほかに、防御的にも攻撃的にもフル装備のGrimが三人、立っている。


 三人のGrimは一斉に、右手を挙げて具里夢と叉里奈を制止した。Neco圏のローカル言語で言えば、くの字の反対に肘を曲げて、それから上に向かってまっすぐ上げるような、Grimたち特有の動きだった。具里夢と名乗るひとりのGrimもバイクに跨ったままおなじ動作を繰り返す。叉里奈はぼんやりとその光景を見ていただけだった。叉里奈はGrimaですらない。そこかしこで見張っているロボットと同じ扱い、つまりは貨物と同様の扱いなのだ。

 実際、自分がロボットとどう違うんだと問われたら、叉里奈はうまく答えられない。ただ、素材がすこしちがうだけ、と言うほかない。叉里奈の素材は、ロボットよりは人間の細胞や皮膚でつくられた割合が大きいから。でも、ただそれだけ。


 互いに挨拶を交わしたその短い時間で、高性能な監視用ロボットが具里夢と叉里奈の情報をスキャンする。頭に載ったグリーンのランプが光る。オウケイ、ということだ。


「ご苦労様」


 三人のGrimは今度は左腕で、今度こそくの字を描くように肘を曲げて、今度はまっすぐ伸ばさず胸に左手を当てる。具里夢と名乗るGrimも同様の動作を、慣れた動作を繰り返した。

 右手でおこなえば、外向けの挨拶。左手でおこなえば、敬意を示す挨拶。

 Grimたちの決めた、挨拶だった。



 敬意――彼らはたしかに示しているのだろう。

 具里夢の、Neco圏における勤勉な諜報活動に対して。

 諜報活動は、信頼の置ける、相当優秀なGrimに託される。

 過去一度のトラブルを不問にされるほどに――Neco圏のスパイのGrimは相当勤勉に動き、組織Grimのために貢献し続けてきた。

 だからこそ、遠くNeco圏での諜報活動を任せられている。

 


 扉が開く。

 扉は、地下の世界に向けて開いている。

 地獄の底へひらくかのような、薄暗くて冷たい世界に――バイクを降りた具里夢は、叉里奈とともに、おりていくのだった。バイクを押しながら。



 バイクのライトで前方を照らすが、Grim本部に行きつくためにはまだまだ時間がかかる。

 Grim本部は地下深くにあり、幹部でもなければエレベーターは使えず、歩いてくだり歩いてのぼってくるしかない。……扉の前に立つGrimたちは災難だ。のぼってくるにもおりるにも、苦労をする道のりなのに。任務はだれであってもGrimとGrimaならみなこなさなければならないが、なにも扉の前の監視番ではなくていいのに、とあのGrimたちはみずからの運命を呪わないのだろうか、……忠誠心の強いGrimとGrimたちは、人工知能Grim、組織Grim、共同体Grim、そしてGrimの理想こそにみずからを捧げることこそが幸せだと、ほんとうに考えるらしいけれど。


 ひんやりとしていて、響くのは自分たちの足音だけ。

 Neocのローカル言語でぽつぽつと話をする、ふたりの声だけ。

 まるで、文明崩壊後の世界で、ふたりきりで探検しているかのような――幼稚だけれど甘美なイメージを、叉里奈は、いつもいだく。



「……僕たちの願いをかなえるためだよ」


 具里夢は穏やかに、それでいて不敵に笑う。その笑みは、みずからの息子に似ていることを、彼はまだ気がついていない。


「……そうね」


 叉里奈は微笑む。その笑みは、疲れたとき、諦めたときの娘たちに似ていることを、彼女も気がついていない。

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