機械として

 今回の取引所は、南南西に少しずれて約五キロのところに準備されているという。

 具里夢がバイクの方向を合わせて、取引所に向けてひた走った。

 叉里奈はやはり眠そうにぼんやりと、過酷な砂漠のなかで――広い空を、見上げているだけだった。



 叉里奈が自分で砂漠を走ったほうが、速いのだ、ほんとうは。もちろん具里夢もそれを知っている。具里夢を乗せていくことだってできる。自分は、もともと戦闘用アンドロイドとしてつくられたのだから。変形できる、ごつい乗り物にも、強い戦車にもなれる。

 しかし、具里夢はそれを望まない。

 ふたりでGrim本部から逃げてきたあの日以来――具里夢は叉里奈に対してなおさらに人間らしく、それも可憐でか弱い女性らしく振る舞うことを望み、……叉里奈もまんざらではないから、従っている。


 具里夢のいま使っているバイクは素晴らしい。ごついだけではない。おなじく、機械的な要素をもつ叉里奈にはわかる。とっても高性能で、優秀なマシンだ、これは。

 四年前、具里夢はこのバイクを手に入れた。整備されていない過酷な砂漠でも、Neco圏における自動車ばりに速く、まっすぐに走れるのだと。

 けっこうな値段がしたはずだ。でも、具里夢はお金をたくさん持っている。具里夢は取引商の仕事をしていて、それははんぶん、うそではない。流通もなにもかも、効率的にできるようになった世の中だけれど、そんななかでもニッチなポケットのような需要を見つけて定めて狙い撃ちしていくのが、具里夢はうまいのだ。

 だからいまではお金をたくさんもっている。社会評価は、具里夢はあまり気にならないらしい。それよりももっとお金がほしいのだという。いまだに、お金は強いのだと。Neco圏や、Mother-Board圏やRunao圏ならばともかく――Grim圏、社会評価ポイント制度は取り入れつつも他の共通人工知能圏と比べればなあなあで運用しているAin圏や、それに具里夢が表向きは内緒でこっそり多く取引している人工知能圏外では、いまだにお金が強いのだと。


 信じられるかい? ゴールドやジュエリーは、いまも力を持つんだよ。人工知能から逃げた矜持あるひとびとにとってはね。


 それは、具里夢の口癖だった。


 具里夢はそうして貯めたお金で、バイクを手に入れた。どこから手に入れたのだろうか。わからないし聞いたことはないけれど、Neco圏で手に入れたのではないことはたしかだ。こんなごつい高性能なバイク――砂漠で取引をしたのか、それとも人工知能圏外から送ってもらったのか。



 わからないけれど。

 そしてたしかに、このバイクは性能が高いけれど。

 それでも――自分が変形して具里夢を乗せてひた走ったほうが速い。


 具里夢の用意するマシンは、まだ、叉里奈の機械としての高性能さに追いつかない。

 具里夢は必至で追いかけてくる……叉里奈の機械の能力を。

 それに匹敵するマシンを、使いこなすことも含めて。



 でも、追いついてはいない。



 自分が多少強引でも砂漠を走ると言い出すべきなのだろうか? いまも悩むことがある。

 でも、具里夢はその必要がないと言う。だから叉里奈は従っている。叉里奈は、どうしたいんだい。叉里奈が決めなよ――たびたび具里夢に問われるようになってからも叉里奈は、……自分がどうしたいかなんて、決めるのが苦手だ。



 ただ、具里夢の願いはかなえてあげたいと思う。……自分をはじめてあたたかく扱ってくれた、たったひとりの人間の願うことは想うことは祈ることは、なんでも。

 だから叉里奈は具里夢とともに本部から逃げてきたし……。

 遠くNeco圏に家庭をもって、いまでもいっしょに暮らしている。



 具里夢が、叉里奈にアンドロイド特有の能力を使ってほしくないという気持ちは、もう重々わかっている――それであっても叉里奈は、自身がアンドロイドだとバレてはいけないNeco圏での普段の生活においてならばともかく、遠く砂漠では、いいんじゃないか、なんて思ってしまうのだ。



「……あら?」



 そして、また。……機械の能力を、使わなくてはいけないときがやってきてしまった。



「どうしたんだい、叉里奈」

「えっと……あなたはいやがるかもしれないんだけど」


 無言で、具里夢は肯定する。……こういうときの具里夢に、なにを言っても感情面としては無駄だから。叉里奈は、合理性の面を取った――感情的に無駄ならば、話を進めるしか、ないんじゃないかって思うから。


「だれかに位置情報を探知されているみたいだわ、リアルタイムで」



 ちっ、と具里夢は舌打ちをした。……それは位置情報を探知されていることに対してか、それとも位置情報が探知できるのは叉里奈がアンドロイドであるからか、まあ前者だけだといいなと――叉里奈は、表情の変わらない眠そうな顔で、内心はらはらと思っていた。


 そして具里夢は一気にバイクを加速させた――砂埃が舞う。叉里奈はため息をつく代わりに、どこまでもひろがる強烈な青空を、やはり見上げた。

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