ほんとうの犯人は

 素子の淹れてくれた飲み物で三人ともひと息つき、場の緊張がいい感じに適度に、緩まって――。


 カタン、とコーヒーカップをテーブルに置いて本題を再開したのは、寧寧々だった。


「だからさ、まず具里夢と叉里奈……あとやっぱり、南美川家のことをまず考えたほうがいいと思うんだよな。……家っていうのはこんな時代になっても関係あると思うよ。私も高柱家のエゴに巻き込まれ続けたし」

「奏屋もすごいしねえ」

「……そうですね。まずはともあれ、南美川家のことを考えましょう」


 寿仁亜が指をスライドさせて操作して、南美川家の情報をあらためて見ていく。今度は、ひとつひとつに引っかかっていくのではなく――まずは全体的に、俯瞰的に。事実を、できるかぎり、客観的に。


 ……冷静になって見てみると改めて気がつくことも多い。



 南美川家。

 父親の南美川具里夢と、母親の南美川叉里奈、長女の南美川真と、長男の南美川化、そしてもともと長女で人間未満処分をされた南美川幸奈がいる。


 南美川具里夢と叉里奈はともに優秀レベル。南美川真と南美川化はすでに超優秀レベルの社会評価ポイントを保持していた。

 世帯単位の社会評価ポイントとしては、南美川真と南美川化がかなり引き上げて超優秀となっている。


 南美川真と南美川化は、ともにパーフェクト・デザインキッズ――遺伝子操作は首都の高柱研究所で行ったと、……真偽はともかく、記録はそう示している。


 南美川具里夢と南美川叉里奈の出身地はAin圏の中央部、南美川真と南美川化の出身地は首都。現在の南美川家の住所とおなじところだ。


 南美川具里夢と南美川叉里奈は、サウス・ビューティフル・リバー連盟という会社を経営。南美川真と南美川化は国立学府の大学生。その優秀さゆえに、ともに成人。



 南美川化の情報を見たとき、心臓が、わしづかまれたような感覚を寿仁亜は感じた。


 南美川化は――国立学府の、現時点での主席だった。追い抜くことは到底難しそうだ――三位が追い抜くことは到底難しそうな、次席の南美川真でさえも。



 そして。

 謎の青年はつまり――南美川化だった。

 ……さきほどの映像は、魚眼レンズで歪められていたが――間違いなく、あの青年の顔は南美川化の証明写真と一致する。



 これは――間違いないじゃないか、と寿仁亜は思った。



 ……具里夢と叉里奈の情報を詳しく追うことだけに夢中で、南美川化の情報にまで気がいっていなかった。

 普段の自分だったら絶対にありえないようなミスだが――そのことをいま悔やんでも仕方がない。心のなかで強烈な感情がさまざまに渦巻いたが、……あえていまはその感情に意識を向けないことにして、寿仁亜は、情報を、南美川家の情報をとにかく先へ先へ見ていく。



 現在位置情報。

 南美川具里夢と南美川叉里奈は、いまAin圏――旧中東の砂漠を、車の速度で西方に移動している。さきほど可那利亜が位置情報を探知したときよりも、速く。

 南美川真と南美川化は国立学府にいる。……どうも、ふたりで揃って構内の食堂の隅で座っているらしい。

 人犬となった南美川幸奈は、いまは来栖春とともに第三公立公園にいる――これは個人の現在位置情報を追うマップでは出てこないが。


 倫理監査局の定期監査による、備考欄としては。

 家族仲がたいへんに睦まじい。

 いつも笑顔を絶やさず、息女子息ともに監査員に対しても礼儀を失さない、穏やかな家庭。

 人間未満処分となった元長女には家族ともども苦しめられていたようで、特に息女の南美川真さんは涙ながらにいかに劣等な姉に苦しめられたか語っていた。

 高い社会評価ポイントに相応の、社会貢献意識を持つ家庭。休日は家族みなでゴミ拾いや福祉施設訪問などの慈善活動に励んでいる。



「……ぜったいに、なにかを隠していますね、これは」

「そうだな――幸奈の家。やはり、……ただ者ではなさそうだ」


 寿仁亜はぞくぞくとした。ここまで、堂々と飄々と、自分たちに喧嘩を売ってくる一家に、自分でもびっくりするほどの、怒りのようなそれでいて心地いいような――ふつふつたぎる、気持ちを感じた。


「南美川真さんと、南美川化さんが犯人候補であることはほとんど間違いありませんね――あとは、具里夢さんと叉里奈さんのほうです。……この事件を、娘さんと息子さんたちに指示して起こしているのでしょうか。それとも」

「……あっ」


 可那利亜が小さく声を上げて、スクリーンを指さす。


「ちょっと、具里夢ちゃんと叉里奈ちゃんの現在位置、そう、縮小されているやつ、もっと拡大して見せて」


 寿仁亜は可那利亜に言われた通りにした。

 すると――。



 現在位置情報を示す文字と数字が、かすんで、消えかかっている。



「そうか――」



 それは、そうだ。よく考えてみれば、納得だった。

 ……砂漠の西方にはGrim圏がある。

 共通人工知能と違ってGrimは、構成員の位置情報を共有していない――Necoが追えるのは、共通人工知能同士であるAinの位置情報までだ。

 そこからは、Grim圏に入ったことはわかっても――Grimの内部まで詳しく、追うことはできない。



 そもそもGrim圏に入れるのは、Grimの関係者――だが、一概には言えない。たしかに商売なのかもしれない。Grim圏は他の圏との貿易を拒んでいるわけではない。物資のやり取りは行っているし、だから具里夢と叉里奈がたしかに仕事としてモノやサービスを運んでいる可能性も否定はできない。

 だが、それと同時にもちろん。具里夢と叉里奈がやはりいまでもGrimの関係者である可能性も捨てきれないが――具里夢は本当はGrimという名前で、叉里奈は本当はGrimaという名前である可能性も。



 その可能性を吟味する間もなく、拡大されたスクリーンのマップ上――具里夢と叉里奈の位置情報を示す文字と数字は消え、そのままGrim圏に突入して、……クエスチョンマークの、羅列と化した。




 犯人は、……いや、ほんとうの犯人は、はたして。

 国立学府で次席の、南美川真なのか。そんな姉よりもっともっと優秀で、魚眼レンズに映したような映像を通しておちょくってきたかのような、国立学府の主席の南美川化なのか。南美川具里夢なのか。南美川叉里奈なのか。

 それとも、そのうち複数人なのか――。



 寿仁亜の思考は回る。

 今度は、最高速度でなくていい。

 ただ、確実に。獲物をしとめる、獅子のように。カフェオレの甘みとコクとともに――今度こそ間違えないように、思考をめぐらせてゆく。

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