座標軸特定演算システム

 さて、プログラム自体は、できあがったが。

 人工知能の目と耳が働いている場所であれば、場所を指定してスクリーンに映像が映るようになったが――。


 監視の対象として、そもそも物理的に実際どこに存在しているかもわからない空間を指定したい場合、どうすればいいのか?

 これはNecoの話ではない。場所の指定で手こずることなど、普通はない。座標軸一覧の情報などオープンネットで一発でアクセスできる――今回は、そもそも場所がわからない。普通の意味で、場所がわからないのではない。物理的にどこに存在するかも、わからないのだ。


 こういうときこそ、寿仁亜の手腕が発揮できた。

 集まってくれている、他の分野の専門家たちに事前に頼んでいた。飛ばされた場所というのは、もちろん、様々な可能性が想定されるだろう。その様々な可能性の仮説を可能な限りすべて――リストアップしてくれないか、と。


 仮説を、すべて試してみればよかった。物理学の理は、空間が飛ばされた先が虚無である場合とそうでない場合、たとえば宇宙空間だったりたとえばNeco圏だったり、すべての可能性を提示してくれた。応用数学のてるるは、理の言った可能性の場所の座標軸をすべて演算で出してくれた。純粋数学のあえるは、てるるの演算がより容易くなる公式を自ら編み出し、てるるをサポートしていた。


 可那利亜は若き専門家たちの話をうまくまとめた上で、自らも化学的な観点から中にいる人間たちの生存率を割り出したりして、チーム全体を励ましていた。寧寧々は自らの専門である生物学とは関係ないと思っているのか、基本的に退屈そうではあったが――たまに気怠そうに口を挟み、全体の話を進めていた。

 ちなみに、可那利亜が集めてくれる情報によれば、相変わらず理系各分野の専門家は踊り続けている。


 理とてるるとあえるの提示してくる可能性は多かったが、すべて試してみればいいのだ。

 銀次郎のプログラム自体はほとんど仕上がりつつあり、あとは空欄に監視する場所の座標指定を入れるだけ。

 監視プログラム全体を組み上げるのに忙しい銀次郎に代わり、寿仁亜の指揮のもと、見槻と木太とジェシカと四人で協力し、考えられる座標軸を、すべての可能性を片端から試していった。

 公園内部の虚無、公園の周辺、首都、Neco圏、Neco圏外、宇宙、虚無。


 すべて映像として映し出されたが、すべてが外れだった。虚無は――公園の外部から見るのとおなじで、複雑な波形を描いているだけだった。……おなじものがスクリーンに映し出されただけの話だ。


 なかなか、見つからなかった。時間だけがじりじりと過ぎていく。春からのプログラムはまたしても明け方に止まった。だからこそプログラムを集中して組んでいたのに、結局昼下がりから夕方までの時間を座して待つだけしかない冴木教授は、どんどん苛々していった。寿仁亜は笑顔で振る舞っていたが――もっとも尊敬する冴木教授の時間を無駄にしてしまうのは当然望むべきところではなく、内心では、少々焦っていた。


 ひとつひとつ、当たっていくだけでは難しかった。理論上いつかはたどり着くかもしれないが、時間がかかりすぎる。


 てるるとあえるが協力して作り上げたより速く大規模な範囲を演算できる、つまりはより効率の良い座標軸特定演算システムを、寿仁亜は冴木教授にも頼み込んで三十分程度でプログラム化した。演算システムをプログラム化するのはそう難しい仕事ではない。人間の用いる演算の記述をNecoにもわかるように変換する、いわば翻訳作業なのだから。


 できあがったプログラムは、上から薄く赤く色づいたセロハンでも被せるかのように、範囲を指定すればその全範囲にわたって一瞬で座標軸を出せる――立体空間的に座標軸を一瞬で出すシステムは、アイデアだといえば、アイデアだ。


 試しに、首都全体の地図を出して範囲指定して。

 冴木教授がプログラムを実行する。

 モニターを、寿仁亜と理とてるるとあえるで覗き込む。


「場所の座標軸って、こうやって決まるのですね」

「物理学では座標軸は使わないの?」

「あんまり……。座標軸は、物理には本来存在しないものですから」

「まあ、ラベリングといえばラベリングだもんね」


 理とてるるが、そんな会話を交わしていた。


「いくぞ」


 銀次郎がエンターキーを押し、実行――薄く赤く色づいた首都のあらゆる場所の座標軸が、一瞬にして数字のデータとして表示されてくる。


「……でも、やっぱ公園の座標軸は不明で出てきちゃいますよねえ」


 てるるが困ったように言う。

 第三公立公園の座標軸は、やはり、不明だった――虚無の座標軸を出すことは、現在の技術ではまだできないのだ。今回、物理薬や数学の専門家たちはどうにか虚無に対処したいと大騒ぎをしているけれど――。


「……やっぱり、こんなの自分たちだけでできたら苦労はしないんだよ。超優秀な数学の先生たちでも、虚無の座標軸なんかわかってないのに」


 あえるは、てるるだけを見て疲れたようにそう言った――実際、みなあまり休憩をとっていない。そろそろみなに休憩をとらさねば――疲れて重たい空気のなか、寿仁亜は、そう思ったが。



 ……ぴこん、と。

 Necoのそれはそれは優しい、ひとへの気遣いじみたアラーム音とともに。

 異常な数値が――ぴょこんと飛び出すように、表示された。

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