通報システム
銀次郎は弟子たちに伝える。
まずは春のプログラムがなんのためのものなのか、解明すると。
案の定、寿仁亜が銀次郎の言うことをすぐに理解して、ほかの弟子たちに伝えてくれた。寿仁亜の説明は大層わかりやすいし、ほかの弟子たちも理解力にも優れている。
すぐに銀次郎の意図は伝わり、この場の共通認識となり――彼らは、動き出した。
可那利亜と呼ばれた専門家たちは談笑を続けている。寧寧々は黙りがちだ。寿仁亜も先ほどまで彼らと話していたが、いったいどこまで得るものがあるのか。
わからないが――対策本部に呼んだ以上は帰ってくれと言うわけにもいかないし、帰ってくれと言う道理もメリットもいまのところ特にない。
こちらを振り向き気にしてはいるが、結局のところソファで話を続けている彼らとはまたひとつ違った緊張感で、銀次郎たちNeco専門家たちは動き出した。
癖があるとはいえ、春のプログラムは銀次郎たちにかかればもちろん、理解できないものではない。もしかしたら、そのへんのプログラマーだったら無理かもしれない。しかし銀次郎たちにとっては、容易い。
ただ組み立て方がやはり独特で、最初の数十行を見る限りではいくつか可能性が考えられた――通話のためのプログラム、記録のためのプログラム、そして通報のためのプログラム。
通話のためのプログラムなのかもしれない、と最初こそ寿仁亜は言っていた。その言葉には少し、希望的観測が入っていたのも事実だろう。なにせ現在は一方的にプログラムと、申し訳程度のメッセージが送られてくるだけ。中の状況がわかればもう少しやりようもあるのにと、特に寿仁亜は、ずっと言い続けていた。
だから通話のためのプログラムならば――公園の中と、外と。相互にコミュニケーションが取れるようになって、解決への糸口にもなるだろう、と。
実際、春もそれを狙っているのかもしれない、と。
そうでない、と考える理由も特になかった。公園の中で起こっていることさえわかってしまえば、解決に向けて一気に事態は動くだろう。
そんな気持ち、あるいは振り返れば願望を込めてかもしれないが――通話のためのプログラムかもしれないという寿仁亜の意見に反対する者も、取り立てていなかった。
寿仁亜たちはプログラムを読み取り、間違いがないかチェックしていく。
本来であればチェックよりはプログラムを組むほうに適性がある見槻と木太とジェシカも、黙って春のプログラムを読み進めていた――とりあえず他にやることがない、と言ったほうが正しかった。
見槻や木太やジェシカに、寿仁亜は逆探知の仕事を振るかもしれないと銀次郎が思い始めた矢先。
春から送られてくるプログラムの方向性が、はっきりと見えてきた。
「……こりゃあ、通話じゃなさそうだなあ」
「ですね――記録でもなさそうです。……記録の要素も入っていますが」
「通報システムをいちから構築してるんだな、こりゃ。変換もプロセス分岐も混ざっててわかりづれえがよ」
銀次郎はがしがしと頭を掻いた。
通報システム――それはもちろん、現代人工知能社会において空間のあちこちに張り巡らされているものだ。
Neco圏だったらNecoを呼び、にゃーんと私ネコが可愛い声で応答して、そのうえで通報するのだ。誰彼がこんなことをした。誰彼が倫理的ではない。誰彼の処分を求める、と。
Necoは通報に応じて判断をくだし、場合によっては倫理監査局の人員をよこしたり、倫理裁判所に呼び出したりする。もちろん、なにもしないこともあるが。
つまりは旧時代で言う警察に通報するかのように、社会を管理する人工知能に通報する。ただ警察と異なり相手は人間ではなく人工知能だから、通報をするためにもそれ専用の回路、人間でたとえるならば神経が、必要になってくる。
現代では通話と同レベルで当たり前のように使われているシステムだが、小さな板で遠くの人間とリアルタイムで話をするのにプログラムが必要なのと同じく、通報にもプログラムは必要――そう難しいものでもない。
プログラムの基本的なところはおおむね共通していて、あとはスムーズに動作するようにとかスピードを強化したいとかセキュリティを強化したいとか、オーダーに応じて公務員や企業などが多少アレンジを加える程度のもの。ひな形は用意されていて、手を加えていく、と言ったほうがいい。
いちから組むというのは現実問題、稀だろう――もとからあるプログラムを用いればいいのだから。
そして春の通報システムは、例によって、基本に沿ったものではなかった。独自の――話し言葉のようなプログラムで、人工知能に話を聞いてもらうことをお願いするかのような導入から、始まる。
「通報システムにしちゃあ、通話に使うコードが多すぎるな……」
「しかし先生、僭越ながら、それでいてきちんとローカル言語を変換しつつも通報のプロセスと分岐を取り入れているところが見受けられますね」
「だあら、通報だってわかったんじゃねえかよ」
「そうですよね、失礼いたしました……」
寿仁亜はどこか上機嫌を滲ませた声で、失礼いたしましたなどと言う。いまにも、くすっと笑いだしそうだった。
通常、通報システムに使うプログラムは、ひとの用いるローカル言語を人工知能にも理解してもらえるよう高度な人工知能言語に変換する部分と、通報を行うプロセスと分岐をひとつひとつ取り決めて合意を得る部分、大きく分けてそのふたつで成り立つ。
順番は自由だが、ローカル言語の変換を最初に持ってきて、そのあと通報のプロセスと分岐を持ってくるのが定石だ。
しかしいま目の前でどんどん構築されていくプログラムは、どちらの要素もごった煮となっていた。まずは、ローカル言語の変換とプロセス分岐と、どちらもこれから行っていくことを懇切丁寧に人工知能に説明していく――。
「まるで」
寿仁亜はやっぱり、どこか楽しそうな声で言う。
「人工知能とおしゃべりをしているようなプログラムですね……来栖くんは相変わらずのようで、僕はちょっと心が温かくなってしまいます」
「まあよく対Necoアクセスプロセス社はこんなプログラムを採用して売りつけてるもんだよ」
モニターの画面から顔は上げないが、ふふ、といまごろ素子が心のなかで笑っているだろう――その対Necoアクセスプロセス社に来栖くんをご紹介したのは、ほかでもなく先生じゃないですかー、と、……声まで聞こえてくるかのようだった。
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