七日目、夜、対策本部
ソロ・プログラマー
春からプログラミングの続きが送られてきたのは、日が暮れ切ったあとだった。
待てども待てども、日の出ているうちは続きが送られてこなかったというのに。
「読み取んぞ!」
銀次郎の急いた声で、停滞していた対策本部の空気は一気に動き出す。
だれよりも早く銀次郎は席につき、自身のモニターに映し出される春のプログラミングが全員の画面にリアルタイムで間違いなく流れていると確認して、弟子たちへの指揮は寿仁亜に任せて自身はプログラミングに集中し始める。
研究室だけではなく廊下や他の部屋、建物にもその緊張感は伝わっていく。
素子を司令塔として、対策本部に駆り出されている新時代情報大学の職員たちが手分けしてみなを呼びに行く。
見槻も木太もジェシカも、次いで可那利亜たちや寧寧々も戻ってきた。
寿仁亜の指揮で、見槻と木太とジェシカはすぐに席について、マシンを起動させてプログラミングに取り組む姿勢になる。見槻はアタッカー的な、木太はベース的な、ジェシカはトリッキー的なポジションで――それはいつもならばということで、今回の事件においてそれぞれがそれぞれのポジションをどう生かすのかは未知数だったが。
寿仁亜はみな準備ができたことを確認すると、自身も席について、全体の俯瞰を始めた。
……春からのプログラミングは、次々に送られてくる。
しばらく、ここにいるNeco専門家たちは、それを読むしかできない。
間違いがないか。作動するプログラムなのか。いまのところ――とくに、問題はなさそうだったが。
銀次郎は、春の口語的なプログラミングと対峙する。
……問題が。あるのだとすれば。
いったいこのプログラムの全体像はなんなのか、ゴールはコンセプトはなんなのか、なんのためにつくられているプログラムなのか――共有がなされていない、という点だ。
……なにか、新しいプログラムを組もうとしているらしい。
それは、わかる。
使われているコード自体はそう複雑なものではないが――いったいこれは、なんのプログラムなのか。
外部への接続――たとえばインターネットや電話など、オールディだがいまでも人工知能テクノロジーの根底に存在しているベースにもよく使われる……接続用のプログラムに似ている。
だがそれ以上のことは、現状わからなかった。……プログラムの最初のセットアップが、どうも接続系のプログラムに似ている、というところまでだ。確実に、動作はするが――。
そう難しいプログラムではないはずだがしかし――相変わらず、癖がありすぎて、……いったいどこに向かうプログラムなのかわからない。
そして今更ながら銀次郎は思った。
春のプログラミングは、学生時代よりももっと独特になっていると。
よく言えばそれは洗練されたということだが、悪く言えばもっと他人が理解しづらいものになったということだ――いつも仕事でこうやってプログラムを組んでいるんだとしたら、……きっと、彼は良い上司や同僚に恵まれたに違いない。
これはチームではなくソロで動くプログラマーのプログラミングだ。
ソロでプログラムを組む経験を重ね、許容され、なおかつプログラミングの技術を生かせる
……むかしの自分にちょっとだけ似ている、と銀次郎は思う。
性格や、生き方ではない。
寿仁亜たちに出会う前。あるいは、もっと若いころ。他人の介入なんて要らない。自分ひとりでやってやると――そして実際ある程度は自分ひとりで進めていたころの、自分と。
しかしけっきょく銀次郎はいま、ソロではなくチームで活動することのほうが多い。
弟子たちを呼ぶという意味でもそうだし、けっきょくのところ、大学という研究機関でオーソドックスに研究などしようと思えば、チームになることが多いのだ。
そしてつまるところ銀次郎は、抵抗感はあっても、チームでプログラミングをすることに、すくなくともいまでは――慣れてしまっている。
だから。
……チームではなくソロでプログラミングを行う、ソロ・プログラマーのすがたは、自分自身の可能性の分岐の影のようにも――思えるのだった。
……自分自身の感傷にひたる
それほどまでに、そのプログラムは、ソロ・プログラマーのものだった。
プログラムをつくっている――言い換えれば話をしている自分自身、……春自身は、わかっている。とくに矛盾もない。聞いていれば、個々の断片の意味はわかる。しかし全体はわからない。それはまるで――おしゃべりしか能がない劣等者のとりとめのないおしゃべり、あるいは、……あまりにも高度であるがゆえに自分自身が全体像をえがけない専門的な話、どちらにも、似ていた。
いったいこのプログラムが、なんのためのものなのか――解明するのが先決だろう、と銀次郎は思った。この場にいる、だれよりも早くそう気がついた。
それは至極当たり前の気づきかもしれないが――こんな独特なプログラムを前にしてこの非常事態で、……冷静に判断できるから自分は優秀者なのだと、こんなに、当たり前のことがしかし当たり前に普通にできてしまうから優秀者なのだと、こんなときなのにやはり銀次郎は――自嘲めいて、感傷めいて自身のなかで吐き捨てるようにそう思ったのだった。
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